オッサンはな、人生を野球でしか語れへんねん──バットを置けない中年たちへ

🟨この記事はこんな人におすすめ!

  • 野球の例えがつい口から出てしまう人
  • 40代・50代でもまだ「勝負してぇ!」って思ってる人
  • バット(=挑戦)を置きたくない中年たち

🟦オッサンって、野球に例えがち。

「あの上司、代打の神様やな」
「この場面、9回裏ツーアウト満塁やぞ」
「人生、エラーもあるけど守備位置変えたらうまくいくで」

なんやねんそれ!って笑うけど、
そんな俺も──気づけばついつい、野球で語ってまうオッサンになってた。

🟦なんで野球で語ってまうんやろ?

たぶんそれは、「人生には打席があって、結果があって、記録も残る」
そう信じたいからやと思う。

自分なりの成績表が欲しいんよ。
誰にも見られてへんかもしれんけど、
自分のスコアブックにはちゃんと残ってる、そんな生き方したいねん。

🟦バットを置けないオヤジたちへ

「もうええ歳やし、無理せんでええよ」
そう言われたこともある。

でも、たとえ肩が痛くても、足が遅くても、
俺たちはまだ“打席”に立ちたい。

ホームランじゃなくてええ。
きれいな三遊間ヒットや、気合いのバントでもええ。
自分なりに「これは打った」って言える一打を、今日も放ちたいねん。

🟦野球には、ロマンがある。人生にも。

チームプレーもある。
ソロホームランもある。
ヒーローインタビューもあれば、エラーで泣く夜もある。

だから野球って、人生の縮図なんかもしれへんな。

オッサンやからこそ語れる“野球と人生の重なり”。
それをわかってくれる人が、きっと全国におる。

今日もバットを握りしめてるオヤジたちへ──
その一打、ちゃんと誰かに届いてるで。

📩レディからのメッセージ:
あなたの放つ一打に、派手な歓声がなくても、
それを見て勇気づけられる人は、きっといます。

人生はロングゲーム。
たった1本のヒットが、試合の流れを変えることもある。

オッサンになったからこそ放てる言葉、重ねた打席でしか打てない一打──
それが、誰かの希望になりますように。

バットは、まだ握っててええんです。
レディも、ベンチからずっと応援してますからね。

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