ドラマ版『ワンダーマン』を観て気になった人がたどり着くのが、原作コミックの存在やと思う。
でもこのキャラ、いわゆる王道ヒーローとはかなり毛色が違う。
原作のワンダーマンは
強いのにヒーローとして不器用な男という、めちゃくちゃ人間くさい存在やねん。
■ ワンダーマン=サイモン・ウィリアムズという男
原作ワンダーマンの本名は
サイモン・ウィリアムズ。
もともとは映画俳優やなく、
会社経営に失敗した実業家。
ここがまずポイント。
最初からヒーローやなくて、
人生につまずいた普通の男なんよな。
会社が倒産 → 逆恨み → 悪の組織に利用される
という、ヒーローらしからぬスタート。
彼を強化したのが悪役
バロン・ジーモ。
ジーモに騙され、アベンジャーズに潜入する“スパイヒーロー”として誕生したのがワンダーマンや。
■ 最初は“敵側のヒーロー”
サイモンは最初、ヒーローとしてデビューしたわけやない。
アベンジャーズを裏切るための駒として送り込まれた存在。
つまりスタート地点はヴィラン寄りや。
でも途中で心変わりしてアベンジャーズ側に寝返る。
ここで彼は初めてヒーロー側に立つ。
この「最初から正義じゃない」って設定が、
ワンダーマンの不安定さの原点やな。
■ 一度“死ぬ”ヒーロー
ワンダーマン最大の特徴はここ。
彼は一度死ぬ。
それもかなり初期の段階で命を落とす。
しかもその後、彼の脳波パターンが保存されて、
それが後に生まれるアンドロイドヒーロー
ヴィジョン
の人格ベースになる。
つまり
ワンダーマンの“魂”の一部がヴィジョンに使われた
という関係性がある。
ここがめちゃくちゃ重要。
■ ヴィジョンとワンダーマンの因縁
ヴィジョンはワンダーマンの脳波を元に作られた存在。
でも性格は違う。
理性的で冷静なヴィジョンと、
感情的で不安定なワンダーマン。
この対比がコミックでは大きなテーマになる。
しかもヴィジョンは
スカーレット・ウィッチ
と恋愛関係になる。
ここでワンダーマンは
「自分の人格を元にした存在が、自分の好きな人と一緒にいる」
という複雑すぎる立場に置かれる。
ヒーローやのに、
恋愛面ではめちゃくちゃ報われない男。
■ 復活するけどヒーローになりきれない
その後サイモンは復活する。
でもヒーローとしての道は順調やない。
・精神的に不安定
・怒りっぽい
・理想と現実の間で揺れる
いわゆる「ヒーロー向きじゃない性格」。
アベンジャーズのメンバーでありながら、
常に居心地が悪そうなポジションにいる。
これがワンダーマンの魅力でもあり、評価が分かれる理由でもある。
■ 能力は超一流、でも心は凡人
ワンダーマンの能力はかなり強い。
・超人的な力
・耐久性
・エネルギー操作
・飛行能力
パワーだけ見たらトップクラス。
でも精神面はめちゃくちゃ普通。
悩むし、迷うし、嫉妬もする。
だからこそ
**“力だけヒーロー級の一般人”**みたいな存在になってる。
■ ハリウッド俳優設定は後付け
原作の途中からサイモンは俳優になる。
ここがドラマ版とのリンクポイント。
ヒーロー活動に疲れたサイモンは
ハリウッドに行って俳優として再出発する。
この設定があるから
ドラマ版の「俳優がヒーロー役を狙う物語」につながってる。
つまりドラマは原作のこの後半設定をかなり拡張した形やな。
■ ワンダーマンは“承認欲求の塊”
原作サイモンはとにかく
・認められたい
・必要とされたい
・ヒーローでありたい
という欲求が強い。
でもうまくいかない。
仲間に劣等感を持つことも多い。
その人間臭さがワンダーマンの核や。
アイアンマンみたいな自信もない。
キャプテン・アメリカみたいな精神力もない。
だからこそ、
「ヒーローに向いてないヒーロー」というポジションになる。
■ 原作ワンダーマンのテーマ
ワンダーマンの物語で繰り返し描かれるのは
「力を持っても、自分を好きになれない男」
というテーマ。
ヒーローやけど、
心の中では常に自信がない。
これは他のマーベルヒーローと明確に違う点やな。
■ なぜ今ワンダーマンなのか
マーベルには
・強いヒーロー
・カリスマヒーロー
・悲劇のヒーロー
いろいろおるけど、
ワンダーマンは
“ヒーローになりきれなかったヒーロー”
という立ち位置。
現代の「承認欲求」「自己評価の低さ」「他人との比較」
こういうテーマにめちゃくちゃ合うキャラやから、
今映像化されるのも納得やねん。
■ ワンダーマンは「成功しても満たされない男」
原作サイモンの人生を見てると、ずっとついて回る感情がある。
それが 「これでいいはずやのに、なんか足りへん」 って感覚。
ヒーローとして活躍しても
俳優として成功しても
仲間に囲まれても
心の奥の空洞が埋まらへん。
これ、めちゃくちゃリアルやと思わへん?
普通のヒーロー物やったら
強くなる=解決
活躍する=充実
やのに、ワンダーマンは違う。
成功しても自己評価が上がらない男
それがサイモン・ウィリアムズ。
■ 「ヒーローであること」が重荷になる珍しい存在
サイモンにとってヒーローは夢でもあり、同時にプレッシャーでもある。
周りは
「アベンジャーズの一員」
「超人クラスのパワー」
「みんなを守れる存在」
って期待する。
でも本人は
「俺ほんまにここにおってええんか?」
ってずっと不安。
このギャップが、彼を何度も迷わせる。
ヒーローになりたかったのに、
ヒーローでい続けることに疲れてしまう。
この描き方、マーベルでもかなり珍しい。
■ ヴィジョンとの関係は“もう一人の自分”との対峙
ヴィジョンはワンダーマンの脳波から生まれた存在。
いわば「もう一人の自分」。
でもヴィジョンは冷静で論理的で、
ヒーローとしても安定している。
それを見たサイモンは無意識に思う。
「俺より、あいつの方がヒーロー向きやん…」
これがまた苦しい。
自分の“コピー元”が
自分よりうまくやってるように見える。
原作ではこの心理的な葛藤がじわじわ描かれる。
■ 俳優という道は「別のヒーローになりたかった」から
原作後半でサイモンは俳優として活動し始める。
これ、ただの転職やない。
ヒーローとしての自分がしんどくなったから、
「違う形で認められたい」
って逃げ道でもあり、新しい夢でもある。
スクリーンの中なら、
失敗してもやり直せる。
ヒーロー役を演じれば、理想の自分になれる。
でも現実の自分は変わらへん。
このズレがまたサイモンを苦しめる。
■ ワンダーマンは「自分の物語の主役になれない男」
アイアンマンは自分の物語のど真ん中にいる。
キャプテン・アメリカもそう。
スパイダーマンも自分の信念で動く。
でもワンダーマンは違う。
・誰かの計画に巻き込まれ
・誰かの代わりに戦い
・誰かと比較され
・誰かの影に隠れる
いつも「物語の中心」に立ちきれない。
これがワンダーマンというキャラの最大の個性。
■ それでもヒーローをやめない理由
じゃあなんでやめへんのか。
サイモンは弱いけど、
完全に逃げるタイプでもない。
ボロボロになりながらも戻ってくる。
評価されなくても
自信がなくても
「それでもやる」って戻ってくる。
このしぶとさがワンダーマンのヒーロー性や。
キラキラした正義感やなくて、
「やめきれへん責任感」 みたいなヒーロー。
■ ワンダーマン原作が刺さる人
このキャラが刺さるのは
・頑張ってるのに自信が持てない人
・周りと比べて落ち込みがちな人
・成功しても満たされない感覚がある人
いわゆる“普通のヒーロー”に感情移入できへん人ほど、
ワンダーマンにはハマる。
強いけど弱い。
前に出るけど迷う。
ヒーローやけど人間臭い。
それがサイモン・ウィリアムズという男やねん。
原作を知ると、
ドラマ版の“役を求める俳優の物語”が
ただの業界コメディやなくて、
「ヒーローになりきれなかった男が、もう一度ヒーローを目指す物語」
に見えてくるはずや。
■ サイモンは「何度も立ち位置を失う男」
ワンダーマンの原作を読み進めると気づくんやけど、
サイモン・ウィリアムズって、やたらと居場所を失う。
チームにいても主役になりきれない
戦力としては強いのに頼られきらない
仲間に囲まれても孤独を感じる
ヒーロー物やのに、ずっと“控えポジション”みたいな存在。
でもな、これがリアルなんよ。
だいたいの人は人生の主役のはずやのに、
仕事でも家庭でも友達の中でも
「なんか自分って脇役やな…」
って感じる瞬間あるやろ?
サイモンはまさにその感覚の塊みたいなヒーロー。
■ 死んでも終わらへん「再スタート体質」
ワンダーマンは原作の中で何度も死にかけたり、本当に死んだり、存在が消えたりする。
でもそのたびに戻ってくる。
強いからやない。
特別扱いされてるからでもない。
「まだ自分の役目が終わったと思えへん」
この未練みたいな感情が、サイモンを何度も現場に引き戻す。
ヒーローって普通は使命感で動くけど、
サイモンはどっちかというと
「ここで終わったら、俺の人生ほんまに何やったんや?」
って気持ちで戻ってくるタイプ。
めちゃくちゃ人間くさい。
■ ヒーローなのに承認欲求まみれ
ワンダーマンの魅力は、きれいな正義感やなくて
むき出しの承認欲求。
・認められたい
・必要とされたい
・役に立ってる実感がほしい
この気持ちがむき出しやからこそ、
迷いも多いし、判断もブレる。
でもな、これがあるから読者はサイモンに感情移入してしまう。
完璧なヒーローより
不安定なヒーローのほうが
「わかるわ…」ってなるんよな。
■ 「演じる人生」から抜け出せない男
サイモンは俳優としても活動する。
ヒーローとしても活動する。
どっちも“役を演じる”世界。
ここがまた深い。
彼はずっと
・理想のヒーロー像
・理想の俳優像
・周囲が求める自分
を演じ続けてる。
でも
「ほんまの俺ってどれや?」
ってなる。
これ、めちゃくちゃ現代的なテーマやと思わへん?
SNSでも仕事でも家庭でも
人は何かしら“役”を演じて生きてる。
ワンダーマンはその苦しさを
ヒーロー物の中でやってる珍しい存在。
■ だからワンダーマンは派手に見えへん
アイアンマンみたいなカリスマも
ソーみたいな神々しさも
スパイダーマンみたいな愛嬌も
正直ない。
でもその代わりにあるのが
「等身大の不安と未完成さ」
ワンダーマンは完成されたヒーローやなくて、
ずっと“途中の人”。
だからこそ、原作を知ると分かる。
このキャラは
かっこよさを見せるために存在してるんやなくて、
「ヒーローでも迷ってええんや」って証明するための存在
なんやと思う。
派手じゃない
目立たない
でも消えない
それがワンダーマンというヒーローの原作での立ち位置やねん。
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