**ロッキー**は、
間違いなく
**シルベスター・スタローン**を
世界的俳優に導いた一本やと思う。
でもこの映画がすごいのは、
「成功した」って結果だけやない。
自分で動き出したから、すべてが始まった
ってところが、何より胸にくる。
誰かに選ばれたんやなくて、自分で切り開いた物語
ロッキーって、
最初からスターの話ちゃう。
- 無名
- 貧乏
- チャンスもほぼない
それでも
「一度でええから、最後まで立っていたい」
その気持ちだけで前に出る。
これ、
映画の中のロッキーだけの話やなくて、
スタローン本人の人生とも重なってるのが強い。
自分で脚本を書いて、
自分で主演を勝ち取って、
世界に出ていった。
これぞ、
絵に描いたようなアメリカンドリーム。
映画は「お金をかけたら勝ち」じゃないと教えてくれる
今の映画って、
どうしても
「制作費いくら」
「CGどれだけ使った」
みたいな話になりがち。
もちろん、
お金をふんだんにかけた映画も好きや。
でもロッキーを観ると、
こう思わされる。
映画は、気持ちが先やろって。
- 大きな夢
- 小さな日常
- 諦めへん気持ち
それを丁寧に積み重ねるだけで、
こんなにも人の心を動かせる。
夢に挑戦する姿は、やっぱり素敵や
正直に言うと、
自分がロッキーみたいに
全力で挑戦し続けるのは、
正直しんどい。
疲れるし、
怖いし、
心も削れる。
でもな――
挑戦してる人を応援するのは、めちゃくちゃ好きや。
- がんばれ
- 負けるな
- 立ってろ
そう思ってる自分が、
けっこう好きやったりする。
ロッキーを観ると、ちょっと熱くなる自分がいる
ロッキーって、
観終わったあとに
人生が劇的に変わる映画やない。
でも、
心の奥がちょっとだけ熱くなる。
「まあ、もうちょい踏ん張ってみるか」
「応援する側でええから、気持ちは持っていたいな」
そんな気分になる。
結論:ロッキーは「生き方」を肯定してくれる映画
勝たなくてもいい。
一番じゃなくてもいい。
それでも、
最後まで立ってたら、それでええ。
ロッキーは、
夢に挑戦する人だけやなく、
それを見て応援する人の背中も、
ちゃんと押してくれる映画や。
自分はたぶん、
ロッキーみたいには生きられへん。
でも、
ロッキーを観て熱くなる自分は、
これからも大事にしたい。
そう思わせてくれる、
ほんまにええ映画やと思う。
今の時代やと、ロッキーは評価されにくいかもしれへん
正直に言うと、
今の時代に『ロッキー』が初公開やったら、
そこまで大きな評価はされへんかもしれへんな、と思う。
今はどちらかというと、
- いかに効率よく
- いかに無駄を省いて
- いかに短時間で成果を出すか
そういう価値観が強い時代やから。
ロッキーみたいな
- 遠回り
- 不器用
- むさくるしい努力
って、
「非効率」のひと言で片付けられてしまいそうや。
泥臭さが“ダサい”と見られる時代
ロッキーは、
スマートでもないし、
要領もよくない。
階段を走って、
生卵飲んで、
殴られても立ち上がる。
今の感覚やと、
「もっと賢いやり方あるやろ」
って言われてもおかしくない。
でもな、
あの泥臭さそのものが、
この映画の価値やと思う。
だからこそ、リメイクはまだ先な気がする
もし『ロッキー』がリメイクされるとしたら、
それはまだまだ先やと思う。
今の空気のままやと、
- 努力が報われる話
- 根性論
- 最後まで立つことに意味がある
こういう物語は、
ちょっと重たく感じられるかもしれへん。
でも、
時代って巡るもんや。
いつかまた、泥臭さが新鮮になる時代が来る
効率や時短が当たり前になりすぎたら、
きっとその反動が来る。
- 早すぎる結果に疲れて
- 比較され続ける毎日に疲れて
- もっと人間くさい物語を求める
そんな時代が、
またきっと来る。
そのときに
「夢をつかむまで立ち続ける男」の話は、
逆にめちゃくちゃ新鮮に映るはずや。
ロッキーは、時代が変わるたびに意味が変わる映画
ロッキーって、
いつの時代に観るかで、
受け取り方が変わる映画やと思う。
- 昔は憧れ
- 今は懐かしさ
- 未来では、再発見
泥臭く夢をつかむ姿が、
また必要とされる時代に、
この映画はきっと戻ってくる。
結論:評価されなくても、価値は消えへん
たとえ今の時代に
評価されにくくても、
ロッキーの価値は変わらへん。
効率じゃ測れへんもの。
結果だけじゃ語れへんもの。
それを
真正面から描いた映画は、
何年経っても残る。
ロッキーは、
流行るための映画やなく、
生き方を残す映画やと思う。
だからこそ、
またいつか、
この映画が新鮮に見える時代が来る気がする。
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