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  • 映画『コブラ』から考える、80年代アメリカ映画のはみだし刑事像

    なぜ80年代アメリカ映画の刑事は「はみだし者」ばかりだったのか

    ――映画から見える、あの時代の閉塞感

    **コブラ**をはじめ、
    80年代のアメリカ映画を振り返ると、
    ある共通点に気づく。

    それは、
    刑事がだいたい組織から浮いているということ。

    • 上司の命令をあまり聞かない
    • ルールより自分の判断を優先する
    • 問題児扱いされている

    でもなぜか、
    結果だけは出す。

    今の感覚で見ると
    「問題ありすぎやろ」と思うけど、
    当時はこのタイプがヒーローやった。


    自由な国アメリカにも、息苦しさはあった

    アメリカは
    「自由の国」
    「自己責任で何でもできる国」
    というイメージが強い。

    でも80年代の現実は、
    必ずしも明るいことばかりやなかった。

    • 冷戦による緊張
    • 犯罪や社会不安の増加
    • 経済格差への不満

    表向きは強い国やけど、
    社会の中には
    言葉にできない閉塞感があった。


    だからこそ「ルール無視の刑事」が支持された

    そんな空気の中で登場したのが、
    命令よりも
    「自分の正義」で動く刑事。

    **シルヴェスター・スタローン**演じる刑事像は、
    まさにその象徴やった。

    • 会議で解決しない
    • 書類仕事もしない
    • とにかく現場で動く

    これは現実では危うい生き方やけど、
    映画の中では
    閉塞感を打ち破る存在として描かれた。

    観ている側は、
    「本当はこう生きたい」
    という気持ちを、
    スクリーンに重ねていたんやと思う。


    はみだし者=自由の象徴だった時代

    80年代の刑事映画に出てくる主人公は、
    完璧な人間ではない。

    むしろ

    • 不器用
    • 組織に向いていない
    • 協調性がない

    それでも
    「自分のやり方を貫く」姿が、
    自由の象徴として受け取られていた。

    はみだし者であること自体が、
    当時は
    かっこよさやったんやと思う。


    今の時代では成立しにくいヒーロー像

    今の社会では、

    • 組織のルール
    • 説明責任
    • コンプライアンス

    が強く求められる。

    そのため、
    80年代のような刑事像は
    今やと共感されにくい。

    でもそれは、
    当時の価値観が間違っていたわけではなく、
    時代が変わっただけやと思う。


    映画は、その時代の「願望」を映す

    80年代のはみだし刑事たちは、
    単なる乱暴者やなかった。

    • 社会の息苦しさ
    • 組織への違和感
    • 自由への憧れ

    そういうものを、
    映画という形で
    代弁してくれていた存在やった。

    だから今観ると、
    ツッコミどころは多いけど、
    時代の本音が詰まった映画として
    ちゃんと意味がある。


    結論:あの刑事たちは「時代の答え」だった

    80年代アメリカ映画の刑事が
    はみだし者ばかりだったのは、
    偶然じゃない。

    それは、
    「こう生きたい」
    「こうあってほしい」
    という
    当時の願望が生んだヒーロー像やった。

    今の時代にそのまま当てはめることはできへん。
    でも、
    映画として振り返ると、
    めちゃくちゃ面白いし、
    ちゃんと意味もある。

    映画は、
    その時代の空気を閉じ込めた
    文化の記録やなと、
    あらためて感じさせられる。

    多様性の時代に、「はみだし者」を描く難しさ

    80年代の映画は、
    今よりも情報が限られていたぶん、
    **分かりやすい“反対の人物像”**を描きやすかったんやと思う。

    社会が息苦しければ、
    その真逆を行く
    「ルールを無視する男」
    「組織に属さない刑事」
    を出せば、それだけでヒーローになれた。

    **コブラ**の刑事像も、
    まさにその時代だから成立した存在やった。


    今は多様性の時代。だからこそ難しい

    でも今は、
    価値観が一つじゃない。

    • 正義も人それぞれ
    • 生き方も人それぞれ
    • 何が正解か、簡単に言えない

    そんな時代に、
    一方向だけを持ち上げる人物を描くと、
    どうしてもどこかで
    「それは違う」
    「誰かを切り捨ててる」
    と言われてしまう。

    だからこそ、
    はみだし者を単純にヒーローにするのが難しい


    受け狙いに走ると、映画は一気に薄くなる

    その結果、
    無難なキャラ
    どこかで見た設定
    安全な展開

    こういうものが増えていく。

    でも受けを狙いすぎると、
    映画って急に
    中身のないものになってしまう。

    誰にも嫌われない代わりに、
    誰の心にも残らない。


    大きなお金が動く映画ほど、冒険できない現実

    今の映画業界を考えると、
    莫大なお金をかける以上、

    • ある程度の人気
    • 確実な動員
    • 失敗しにくい題材

    が求められるのは、
    仕方のないことでもある。

    だから
    「人気があるものの続編」
    「知名度のある原作」
    に集中していく。


    でも、低予算だからこそ刺さる映画もある

    一方で、
    低予算で
    テーマをギリギリまで絞った映画が、
    思いがけずヒットすることもある。

    • 設定はシンプル
    • 登場人物も少ない
    • でも芯がある

    そういう映画が、
    時代の隙間にスッと入り込むこともある。


    結論:正解は、たぶん誰にも分からない

    多様性の時代に、
    どんな人物を描けばいいのか。
    どんな映画がヒットするのか。

    これはもう、
    誰にも答えが出せへん

    だからこそ映画は面白いし、
    失敗も生まれる。

    80年代の『コブラ』みたいな映画は、
    もう同じ形では作れないかもしれない。

    でも、
    別の形の「はみだし者」が、
    どこかでまた生まれる可能性はある。

    それが
    大作なのか、
    低予算なのか。

    その答えは、
    まだ誰にも分からない。