『もののけ姫』アシタカの呪いは解けた?最後の腕の描写を解説

『もののけ姫』の最後で、アシタカの腕に広がっていた痣は薄くなります。シシ神に首を返し、生き残った姿を見ると、「これで呪いは解けたんだ」と受け取ることもあるでしょう。

しかし、最後の腕には痣がわずかに残っています。あれは、呪いが消えた後の傷痕なのでしょうか。それとも、まだ呪いが残っているのでしょうか。

結論からいうと、アシタカの呪いは完全には消えていません。スタジオジブリは、最後に痣が薄く残る理由を、呪いが完全に消えていないためと説明しています。

つまり、命を奪われかねない状況から生き延びたことと、呪いが跡形もなくなくなったことは、分けて考える必要があります。

この記事では、アシタカが呪いを受けた経緯、シシ神に傷を癒やされた場面、そして最後の腕の描写を整理します。そのうえで、痣を残した結末をどう受け取れるか考えていきます。

※ここから『もののけ姫』の結末までネタバレします。

アシタカの呪いは最後に完全には消えていない

この疑問について、スタジオジブリは2021年8月13日の公式Twitterで回答しています。シシ神に呪いを治してもらったように見えるのに、なぜ痣が残っているのかという質問に対し、呪いが完全には消えていないと説明しました。

回答の原投稿は、スタジオジブリの公式回答です。投稿内容は、公式投稿を掲載したCOROBUZZの記事内の質問18でも確認できます。

この説明に沿うなら、「呪いは完全に解け、ただの傷痕だけが残った」と言い切るのは適切ではありません。最後の薄い痣にも、呪いが残っている意味があります。

一方、アシタカは結末で立ち上がり、サンとこれからの暮らしについて話します。呪いを受けた直後とまったく同じ状態のまま、何の変化もなかったわけではありません。

痣は薄くなり、生きていく姿が描かれる。それでも、呪いが完全に消えたとはされていない。この二つを一緒に受け止めることが、最後の腕を理解する出発点になります。

すべてが治って安心、という終わり方ではないんよな。ただ、何も救われなかったという結末でもない。その間にある状態が、アシタカの腕に残されています。

そもそもアシタカは、なぜ右腕に呪いを受けた?

物語の冒頭で、アシタカの村にタタリ神が現れます。その正体は、巨大な猪の神・ナゴの守でした。

アシタカは村を守るために立ち向かいますが、タタリ神の体を覆う触手のようなものに右腕を絡め取られます。タタリ神を倒した後、その腕には痣が残ります。

ヒイさまは、痣がやがてアシタカの命を奪うものだと伝えます。アシタカは呪いの原因を見定め、断つ道を探すため、西へ旅立つことになります。

この旅の出発点は、日本テレビ「金曜ロードショー」の作品紹介でも、村を襲ったタタリ神から死の呪いを受け、呪いを絶つ方法を探す旅に出ると説明されています。

ここで厳しいのは、アシタカが自分の欲のために戦ったわけではないことです。村人を守るための行動が、自分の命を脅かし、故郷を離れるきっかけになってしまいます。

ただし、それを「善い行いをしたから神に罰された」と単純にまとめることもできません。ナゴの守には、人間に傷つけられ、憎しみを抱くに至った経緯があります。アシタカは、自分が直接作ったわけではない争いの影響まで受けることになります。

その意味で、腕の痣は本人の問題だけを示しているのではありません。森と人間の対立が、一人の体にまで及んだものとして読むこともできます。

呪いの腕は、アシタカに力を与えると同時に命を脅かす

呪いを受けた右腕は、痣があるだけではありません。旅の途中では、矢が相手にすさまじい威力を与えるなど、通常とは異なる力が描かれます。

一見すると、危険な旅を生き延びるための力にも見えます。しかし、その力には、アシタカ自身の体を蝕む呪いが伴っています。

強い力を手に入れたことが、そのまま自由や安心につながっているわけではないのです。使える力があっても、その腕を完全に自分の意思で扱えるとは限りません。

タタラ場でエボシと向き合う場面では、呪われた腕が彼女へ向かおうとし、アシタカがそれを抑えます。ナゴの守を傷つけた側への憎しみと、自分の判断で行動しようとするアシタカの姿勢が、腕の動きを通じてぶつかっているように見えます。

ここから「怒るたびに必ず呪いが一定量進む」といった仕組みまで断定することはできません。ただ、呪いが憎しみや暴力と結びついて描かれていることは、人物の行動を考えるうえで大切です。

アシタカが向き合っているのは、自分を傷つけた原因を知ることだけではありません。その原因を知った後、相手をどう見るか、どう行動するかという問題でもあります。

途中でシシ神に癒やされたのは、傷であって呪いではない

最後の状態を考えるとき、混同しやすいのが、物語の途中でシシ神に傷を癒やされる場面です。

アシタカはタタラ場からサンを連れ出す際、撃たれて重傷を負います。その後、サンにシシ神のいる場所へ運ばれ、シシ神によって傷が癒やされます。

しかし、この段階でも腕の痣は残っています。アシタカ自身も、傷は癒やされたのに痣は消してもらえなかったと受け止めています。

この場面の発言は、金曜ロードショー公式アカウントの投稿でも紹介されています。

撃たれた傷が治ることと、タタリ神から受けた呪いが消えることは、作中でも別に描かれています。

また、アシタカがシシ神の処置をどう受け止めたかと、シシ神が実際に何を意図していたかも区別が必要です。アシタカの言葉だけから、シシ神が彼を苦しめるために呪いを残した、と確定することはできません。

この時点では、命はつながっても、旅の最初から抱えていた問題は残っています。そして終盤、シシ神に首を返した後、その痣に大きな変化が現れます。シシ神に首を返した後、アシタカの腕はどう変わった?

物語の終盤、アシタカとサンは、奪われたシシ神の首を取り戻して返そうとします。その過程で、二人の体には黒い痣のようなものが広がります。

やがて首が返され、夜明けを迎えると、二人は生き残り、周囲には緑が広がります。アシタカの体を覆っていた黒い痣も引き、右腕に残る痣は薄くなっています。

ここでは、終盤に二人の体へ広がった痣と、アシタカが冒頭から右腕に抱えていた呪いの痣を、同じ経緯で生じたものとして扱わないことが大切です。

サンの体にも痣が現れますが、彼女が冒頭のアシタカと同じようにナゴの守から呪いを受けたわけではありません。二人の体の変化が同じ場面で描かれるため、アシタカの呪いもすべてなくなったように見えやすいのでしょう。

最後に注目したいのは、全身を覆う黒い痣が引いた後も、アシタカの右腕には薄い痣が残ることです。そのわずかな痕跡が、完全な解呪とは異なる結末を示しています。

なぜ最後の痣を残した?公式説明と考察を分ける

スタジオジブリの公式回答は、痣が残る理由を説明したうえで、宮﨑駿監督の座談会での発言も紹介しています。その内容は、すべてが消えて終わるより、再発するかもしれないものを抱えて生きる結末のほうが、現実に近く感じられるのではないか、という趣旨です。

確認元は、スタジオジブリ公式の回答投稿です。投稿文は、公式回答を掲載したCOROBUZZの記事にも残されています。

この説明から分かるのは、薄い痣を単なる描き忘れや、意味のない傷痕として片づけるべきではないということです。アシタカの未来には、まだ不確かさが残されています。

ただし、再発するかもしれないという説明は、必ず再発するという予告ではありません。映画は、呪いが再び広がる場面や、その後のアシタカの死を描いてはいません。

ここから先は考察になりますが、残った痣は、経験した出来事をなかったことにはできないという結末にも見えます。アシタカは生き延びても、村を離れ、争いに巻き込まれた旅の前と同じ状態へ戻るわけではありません。

救われることと、何もかも元どおりになることは、必ずしも一緒ではないんよな。最後の腕には、その違いを感じ取る余地があります。

「呪いが残るなら、アシタカは最後に死ぬ?」への答え

呪いが完全に消えていないと聞くと、アシタカは結局助からなかったのではないか、と思うかもしれません。

しかし、映画の最後では、アシタカは生きています。サンと話し、タタラ場で暮らしながら彼女に会いに行くという、これからの生活を示しています。

呪いが残っていることは確認できますが、アシタカがその後必ず死ぬと確定したわけではありません。

冒頭では、痣が命を奪うものだと告げられます。一方、結末では痣の状態が変化し、アシタカが生きていく姿が描かれます。その後の寿命や、呪いが再び強まる条件まで、映画は説明していません。

したがって、「完全に治ったから心配はいらない」とも、「呪いが残ったから死は避けられない」とも言い切れません。最後の描写が残すのは、将来への保証ではなく、これからも生きていく時間です。

薄い痣は「過ちを忘れるな」という罰なのか?

アシタカの腕に痣が残った理由を、過ちを忘れないための戒めや、神を傷つけた罰と考えることはできます。しかし、それを公式設定として断定するのは避けたいところです。

確認した公式回答は、呪いが完全には消えていないことと、不確かさを抱えて生きる結末について説明しています。「シシ神が反省させるため、意図的に痣を残した」とまでは述べていません。

また、アシタカは村を守るためにタタリ神へ立ち向かいました。その行動を単純に悪事と決めつけると、物語の出発点にある厳しさが見えにくくなります。

ナゴの守には人間への憎しみがあり、村人には襲われる恐怖があり、アシタカには守ろうとする理由がある。誰か一人を悪者にすれば解決する状況ではありません。

痣に象徴的な意味を読むことと、シシ神の意図を確定することは、分けて考える必要があります。

「争いの傷を抱えて生きる」と受け取ることはできても、「だから罰として残された」とまで結論づけなくてよいのでしょう。

呪いが残っても、アシタカは自分の暮らしを選ぶ

最後のアシタカは、腕の問題だけを見つめて終わる人物ではありません。サンと関係を続けながら、タタラ場で生きる道を示します。

サンは人間を許せない気持ちを残しています。アシタカも彼女に、その気持ちをすぐ変えるよう求めるわけではありません。二人は同じ場所で暮らすことにならなくても、つながりを続けようとします。

この関係は、アシタカの腕の描写と重ねて考えることができます。呪いが完全には消えていないように、人間と森の対立や、サンの感情もすべて解消されたわけではありません。それでも、新しい暮らしを始めようとする姿があります。

もちろん、サンとの関係が呪いを治すという設定ではありません。ここで読み取れるのは、問題が残るなかでも、アシタカが他者との関係や生きる場所を選んでいるということです。

全部解決してからでないと、次の暮らしを始められないのだろうか。アシタカの最後の姿は、そんな問いを残しているようにも見えます。

まとめ|アシタカの呪いは完全には消えず、最後の腕に痣が残る

『もののけ姫』の結末では、アシタカの右腕の痣が薄くなります。しかし、スタジオジブリの公式説明では、呪いは完全には消えていません。

途中でシシ神に撃たれた傷を癒やされた場面と、終盤で首を返した後の変化は、別の出来事です。また、薄い痣が残ることから、その後の死や再発が必ず起こると断定することもできません。

アシタカは、何もかも解決した状態で物語を終えるのではなく、不確かさを残しながら生きていく人物として描かれています。

最後の腕は、救いがあったことと、まだ抱えていくものがあることを同時に伝えています。その小さな痣に目を向けると、『もののけ姫』の結末は、単純な成功や失敗では捉えきれないものに見えてくるのではないでしょうか。

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