『ハウルの動く城』荒地の魔女とは?ソフィーへの呪いと人物像

『ハウルの動く城』で、ソフィーを突然おばあさんに変えてしまう荒地の魔女。登場したときの威圧感から、物語を通して主人公を苦しめる悪役だと思うかもしれません。

荒地の魔女は、ハウルを追う魔女であり、18歳のソフィーを呪いで90歳のおばあさんに変えた人物です。しかし、映画では途中から立場が変わり、ソフィーたちと暮らす側になります。

他人を傷つける身勝手さがある一方、力を失って誰かの助けを必要とする姿も描かれる。その両方を持つところが、荒地の魔女という人物の複雑さです。

この記事では映画版を中心に、ソフィーにかけた呪い、ハウルへの執着、魔力を失う前後の変化から人物像を整理します。心理については、作中で分かることと考察を分けて見ていきます。

※ここから『ハウルの動く城』の物語の展開に触れます。

荒地の魔女とは?ハウルを追い、ソフィーに呪いをかける人物

荒地の魔女は、ハウルをつけ狙っている魔女です。映画の序盤では、黒い服や大きな体、相手を見下ろすような態度が、強い存在感を生んでいます。

ソフィーとは、帽子屋で直接顔を合わせます。そこで荒地の魔女が魔法を使い、ソフィーの体を一気に老いさせることが、物語を大きく動かすきっかけになります。

日本テレビ「金曜ロードショー」の公式紹介でも、ソフィーはハウルと関わったために、彼を追う荒地の魔女から呪いをかけられたと説明されています。

出典:日本テレビ「金曜ロードショー」『ハウルの動く城』作品紹介

ここで押さえたいのは、ソフィーが荒地の魔女に危害を加えたわけではないことです。ハウルに助けられ、彼と関わったことによって、一方的に争いへ巻き込まれてしまいます。

荒地の魔女に事情や孤独があったとしても、ソフィーへの仕打ちまで正当化されるわけではありません。人物の弱さを考えることと、したことを許すことは、分けて見たいところです。

ソフィーにかけたのは、18歳の体を90歳にする呪い

荒地の魔女の呪いによって、18歳だったソフィーは90歳のおばあさんになります。顔にしわが増えるだけでなく、背中が曲がり、歩く動作にも老いが表れます。

単に見た目を変えて驚かせるのではなく、ソフィーの日常生活そのものを変えてしまう呪いです。

それまで暮らしていた家に、そのまま居続けることも難しくなり、ソフィーは荷物をまとめて出発します。荒地の魔女の行動は、本人の意思とは関係なく、暮らしの土台を奪うものでもあります。

呪いをかけられたことを、人に説明できない

さらにソフィーは、自分が呪いをかけられた事情を人に話そうとしても、うまく説明できません。体を変えられたうえ、その原因を伝えることまで妨げられています。

この点も、呪いの怖さです。困ったときに誰かへ相談しようとしても、何が起きたかを言葉にできない。周囲から見える姿と、本人が知っている自分との間に、大きな隔たりが生まれます。

ソフィーが後に行動的になるからといって、最初から成長のために必要な出来事だった、と片づけることはできないでしょう。本人にとっては、理由も十分に分からないまま受けた理不尽な仕打ちです。

ソフィーへの呪いは嫉妬だったのか

ハウルを追っている荒地の魔女が、彼と関わったソフィーを狙う。この流れから、嫉妬や対抗心が含まれていると考えることはできます。

ただし、「ソフィーの若さだけが憎かった」「二人が恋人だと確信していた」とまで、細かな心理を断定することはできません。

確かなのは、荒地の魔女が自分の魔力を使い、ソフィーを一方的に変えてしまったことです。そこには、相手の意思よりも、自分の感情や都合を優先する身勝手さが表れています。

誰かを好きになる気持ちがあっても、その人と関わった相手を傷つけていい理由にはならへんのよな。荒地の魔女の怖さは、強い魔法だけでなく、その境目を越えてしまうところにもあると読めます。

ハウルへの執着から見える、荒地の魔女の欲

荒地の魔女は、ハウルの心臓を欲しがっています。映画の「心臓」は単なる恋心の比喩にとどまらず、ハウルとカルシファーの契約に関わる、物語上の重要な存在です。

そのため、荒地の魔女の望みを「ハウルと両思いになりたい」という一言だけで説明すると、作中の行動を捉えきれなくなります。

彼女には、ハウルに近づきたい気持ちと、大切なものを自分の手に収めたい欲が重なっているように見えます。ただし、その内訳がすべて本人の言葉で説明されるわけではありません。

相手を思うことと、相手を自分のものにしようとすること。その違いが、荒地の魔女を見るうえで一つの手がかりになります。

この視点は、後に魔力を失った彼女の行動にもつながります。力がなくなれば、欲や執着まで一緒に消えるのか。映画は、そこを単純には描いていません。

王宮の階段では、強大な魔女の体の弱さが見える

荒地の魔女の印象が変わり始める場面の一つが、王宮の長い階段を上るところです。

帽子屋ではソフィーを圧倒していた人物が、ここでは汗を流し、息を切らしながら、自分の足で階段を上っていきます。ソフィーも老いた体で上るため、二人とも楽ではありません。

この場面では、魔力や威圧感に隠れていた荒地の魔女の体の負担が、目に見える形になります。どれほど偉そうに振る舞っていても、階段を上る苦しさからは逃れられません。

それまでの行為が帳消しになるわけではないものの、恐ろしい魔女にも限界があると分かる場面です。ソフィーにとっても、相手がただ圧倒的な存在ではなくなっていきます。

そして王宮で待っているサリマンとの対面によって、荒地の魔女の立場は、さらに大きく変わることになります。

荒地の魔女は、サリマンによって魔力を失う

王宮を訪れた荒地の魔女は、サリマンによって魔力を奪われ、小柄なおばあさんの姿になります。帽子屋でソフィーを圧倒していた頃とは、外見も振る舞いも大きく変わります。

この場面では、サリマンから、荒地の魔女がかつて優れた魔法使いだったこと、悪魔との取引によって長い時間をかけて身も心も損なわれたことが語られます。

映画は、荒地の魔女を最初から何の背景もない悪者として扱っているわけではありません。かつての力や、その力と引き換えに失ったものがある人物として描いています。

ただし、若い頃の暮らしや、悪魔と取引した際の詳しい経緯まで、映画の中で映像化されるわけではありません。過去の具体的な出来事を想像で補わず、ここではサリマンの説明から分かる範囲にとどめたいところです。

力を失うことと、過ちに気づくことは別

魔力を奪われた後の荒地の魔女は、それまでのように魔法で相手を従わせられなくなります。移動にも周囲の助けを必要とするようになります。

しかし、力を失った瞬間に、自分の行いをすべて反省して善人になるわけではありません。ハウルへの執着は、その後にも残っています。

ここは、荒地の魔女の人物像を考えるうえで大切です。外見が穏やかになったこと、危険な魔法を使えなくなったこと、内面まで変わったことは、同じではありません。

できることが減ったからといって、欲しいものまで急に変わるとは限らへんのよな。魔力を失った後にも残る欲が、彼女の行動を左右していきます。

ソフィーは、なぜ荒地の魔女の世話をするのか

王宮から脱出した後、荒地の魔女はソフィーたちと行動をともにし、ハウルの城で暮らすようになります。

ソフィーにとっては、自分を呪った張本人です。それでも、目の前で助けを必要としている荒地の魔女を置き去りにせず、生活の中で世話をします。

映画では、その判断の理由が長い説明によって語られるわけではありません。ただ、ソフィーの行動からは、自分がされたことと、今その人に必要な助けを、分けて考えているようにも見えます。

一緒に暮らすことは、過去をなかったことにすることではない

ソフィーが世話をするからといって、呪いをかけられた苦しさまで消えるわけではありません。また、映画は、二人が正式に謝罪と和解の手続きを済ませた、といった形でも描いていません。

恨んでいてもおかしくない相手と、食事や移動をともにする。二人の関係は、善悪を整理してから始まるものではなく、共同生活の中で変わっていきます。

日本テレビの公式紹介でも、本作は、城の住人たちが共同生活を通じて家族になっていく物語として説明されています。

出典:日本テレビ「金曜ロードショー」『ハウルの動く城』紹介記事

荒地の魔女も、その暮らしの中へ入ってくる一人です。最初から気の合う人だけでできた家ではないところに、ハウルの城の不思議な広さがあります。

ただし、この展開を現実の人間関係にそのまま当てはめ、「傷つけられても相手の面倒を見るべきだ」と受け取る必要はないでしょう。ここで描かれているのは、ソフィーがその場で選んだ関わり方です。

最後に心臓を手放す場面は、荒地の魔女の何を示すのか

※ここから映画の結末までネタバレします。

終盤、荒地の魔女はカルシファーがハウルの心臓を持っていることに気づき、つかんで離さなくなります。

魔力を失い、ソフィーたちと暮らすようになっても、欲しかったものへの執着は残っていたわけです。周囲に危険が及ぶ状況でも、すぐには手放せません。

しかし、ソフィーが抱きしめて頼むと、最終的には心臓を渡します。その行動によって、ソフィーはハウルに心臓を返せるようになります。

欲が消えたとは言えなくても、手放す選択はできた

この場面から、荒地の魔女の欲が完全になくなったとまでは断定できません。心境のすべてが説明されるわけでもありません。

それでも、行動として確かなのは、欲しがっていた心臓を、自分の手元に置き続けることをやめたという点です。

荒地の魔女の変化は、何も欲しがらない人になることではなく、欲しいものを手放せる瞬間を持ったことにある、と読むことができます。

好きな相手の大切なものを持っていることと、その相手と心が通じることは違います。心臓を抱え込んでも、それによってハウルの気持ちが彼女に向くわけではありません。

欲しいものを手に入れたはずやのに、抱え込むほど身動きが取れなくなる。荒地の魔女の姿には、そんな人間の矛盾も重なって見えます。

荒地の魔女は悪役?弱さも欲も残ったまま居場所を得る人物

荒地の魔女は、ソフィーに呪いをかけるという点では、明確に主人公を害する人物です。序盤の行動を見れば、悪役と呼べる役割を担っています。

一方、映画は彼女を倒して終わりにはしません。力を失った後の暮らしを描き、執着が残っていることも、最後に手放すことも見せています。

そのため、「本当はいい人だった」と言い切るのも、「最後までただの敵だった」と片づけるのも、描写の一部を取り落としてしまいます。

終幕では、荒地の魔女もソフィーたちとともにいます。完全に立派な人へ変わったから迎え入れられた、という説明ではなく、弱さや扱いにくさを持ったまま、同じ暮らしの中にいるのです。

まとめ|荒地の魔女は、ソフィーを呪う敵から共同生活の一員へ変わる

荒地の魔女は、ハウルを追い、ソフィーを90歳のおばあさんに変えた魔女です。その後、サリマンに魔力を奪われ、ソフィーたちに助けられながら暮らすようになります。

力を失っても、ハウルの心臓への執着は残ります。しかし最後には、ソフィーの願いを受けて心臓を手放します。この選択が、彼女を単純な敵役だけでは説明できない人物にしています。

したことの重さは消えない。それでも、人との関わりの中で、次の行動を変えることはできるのか。荒地の魔女の物語には、そんな問いが残されています。

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