『耳をすませば』の主題歌「カントリー・ロード」を歌っているのは、主人公・月島雫の声も担当した本名陽子(ほんな・ようこ)さんです。
雫の声を演じる人と、日本語版の主題歌を歌う人は同じです。
一方、映画の冒頭で流れる英語版は、オリビア・ニュートン=ジョンが歌っています。同じ曲でも、冒頭、劇中、エンディングでは歌い手や演奏の形が違うため、「誰の歌だったかな?」と迷いやすいところです。
この記事では、1995年公開のアニメ映画を対象に、主題歌の歌手、英語版との違い、作詞・作曲の情報を整理します。後半では、雫が歌う場面や物語とのつながりも考えていきます。
※物語の展開に触れます。歌詞の全文掲載はしていません。
『耳をすませば』の主題歌を歌うのは本名陽子
アニメ映画『耳をすませば』の主題歌は、本名陽子さんによる「カントリー・ロード」です。スタジオジブリの公式作品ページでも、主題歌の担当者として本名さんの名前が掲載されています。
本名さんは、読書が好きで、やがて自分でも物語を書くことに挑戦する中学生・月島雫を演じています。地球屋で聖司のバイオリンに合わせて雫が歌う場面も、本名さんの歌声です。
つまり、作品の外から別の歌手が物語を彩るだけでなく、主人公自身の声が、そのまま歌へつながっているのが特徴です。
会話で聞いていた声が、歌う声になる。そのつながりによって、「主題歌を聴いている」という感覚と、「雫が自分の言葉を歌っている」という感覚が重なりやすくなっています。
雫は、最初から歌手を目指している人物ではありません。言葉を考え、友達に見せ、少し照れながら人前で歌う。その日常の延長に音楽があるからこそ、歌が彼女の生活や気持ちから離れて聞こえないのかもしれません。
冒頭の英語版と日本語の主題歌は、誰が歌っている?
『耳をすませば』では、「カントリー・ロード」が異なる形で登場します。歌手を知りたいときは、どの場面の歌なのかを分けると分かりやすくなります。
| 場面・区分 | 歌っている人 | 特徴 |
|---|---|---|
| 映画冒頭の英語版 | オリビア・ニュートン=ジョン | 英語で歌われる「Take Me Home, Country Roads」 |
| 地球屋で雫が歌う場面 | 本名陽子 | 聖司のバイオリンに合わせた日本語の歌 |
| エンディングの主題歌 | 本名陽子 | 日本語版「カントリー・ロード」 |
冒頭の英語版が印象に残っている人もいれば、聖司と雫の演奏場面を思い浮かべる人もいるでしょう。どちらも同じ曲につながっていますが、同じ歌唱音源ではありません。
なお、ジョン・デンバーの名前も、この曲を調べると出てきます。元の楽曲は、彼の代表曲として知られる「Take Me Home, Country Roads」です。
原曲で知られる歌手がジョン・デンバー、映画冒頭の英語版がオリビア・ニュートン=ジョン、日本語の主題歌が本名陽子さんと整理すると、混同しにくくなります。
「カントリー・ロード」の作詞・作曲は?日本語版の制作情報
本名陽子さんが歌う「カントリー・ロード」は、映画のためにメロディーから新しく作られた曲ではありません。既存の英語曲に、日本語の詞を付けたものです。
ディズニー公式の作品ページには、次の制作情報が掲載されています。
- 原題:Take Me Home, Country Roads
- 作詞・作曲:ビル・ダノフ、タフィー・ナイバート、ジョン・デンバー
- 日本語訳詞:鈴木麻実子
- 補作:宮崎駿
- 編曲:野見祐二
- 歌:本名陽子
ここで区別しておきたいのは、映画の中の設定と、実際の楽曲制作です。物語では雫が日本語の詞を考えていますが、現実の制作では、鈴木麻実子さんが日本語訳詞、宮崎駿さんが補作としてクレジットされています。
「雫が訳した歌」という説明は作中の話としては成り立ちます。ただ、実際の作詞者を紹介する場面では、公式の制作情報を示す必要があります。
また、日本語版は、英語の単語をそのまま順番に置き換えたものではありません。原曲が持つ故郷への思いを背景にしながら、これから自分の道を進もうとする気持ちとしても受け取れる歌になっています。
そのため、日本語版の意味を考えるときは、直訳だけを正解にするより、映画の中で誰が、どんな状況で歌っているのかを見ることが大切です。
劇中の演奏版とエンディング版は、サントラでも分けられている
地球屋の演奏場面とエンディングでは、同じ曲でも響き方が違います。劇中では、雫と聖司が互いの表現に触れる時間として歌われ、エンディングでは物語を見届けた後に主題歌として流れます。
徳間ジャパンの公式サウンドトラック収録一覧にも、「カントリー・ロード ヴァイオリンVer」と「カントリー・ロード」が別々に掲載されています。どちらも歌唱者は本名陽子さんです。
出典:徳間ジャパン公式『耳をすませば』サウンドトラック収録曲
同じメロディーでも、一緒に演奏する場面で聴くのか、登場人物たちの挑戦を知った後で聴くのかによって、受け止め方は変わります。
『耳をすませば』の「カントリー・ロード」が物語と結びついているのは、曲の印象だけでなく、雫がその歌を自分の声で歌う過程も描かれているからだと考えられます。地球屋で歌う場面は、雫と聖司がお互いを知る時間
「カントリー・ロード」が物語の中で大きな役割を果たすのは、地球屋で聖司がバイオリンを弾き、雫が歌う場面です。
初めは少し気恥ずかしそうだった雫も、演奏に合わせて歌い始めます。そこへ西老人たちも楽器を持って加わり、二人で始めた演奏が、にぎやかな合奏へ広がっていきます。
この場面では、雫だけが聖司の才能を見せてもらっているわけではありません。聖司も、雫が考えた言葉と歌声を受け取っています。
バイオリンを作る聖司と、言葉を考える雫。それぞれの表現が、同じ一曲の中で出会う場面なのです。
学校での少し意地悪なやり取りだけでは分からなかった相手の姿が、演奏を通して見えてきます。言葉で自分を説明するより先に、一緒に何かをすることで距離が近づく。そこに、この場面の自然な親しさがあります。
また、西老人たちが参加することで、雫の歌は二人だけのものにも閉じません。自分が考えた表現を、ほかの人が面白がり、一緒に楽しんでくれる時間になります。
まだ自信のないものを人前に出したとき、こんなふうに受け取ってもらえたら、うれしいやろな。完成度を採点されるのとは違う、表現することそのものの楽しさが感じられます。
演奏場面は、実際の演奏を参考に描かれた
日本テレビの公式解説によると、この場面の制作では、演奏家による演奏を映像に収録し、それを参考に作画が進められました。
出典:日本テレビ「耳をすませば」制作裏話第2弾・演奏シーンの解説
楽器を持つ姿だけでなく、弓や指の動きが音楽と結びついているため、登場人物たちがその場で音を作っている感覚につながります。歌だけを聴くときにはない、合奏の楽しさも見どころです。
なぜ「カントリー・ロード」が夢を追う物語に重なるのか
日本語版の「カントリー・ロード」からは、懐かしい場所への思いと、自分の足で進もうとする気持ちの両方を読み取れます。
これは、聖司と雫の置かれた状況にも重なります。聖司はバイオリン職人を目指してイタリアへ向かい、雫は自分に何ができるのかを確かめるため、物語を書くことに挑戦します。
二人とも、挑戦する前から結果を知っているわけではありません。やってみたい気持ちがあっても、それだけで不安がなくなるわけではないのです。
そのため、この歌を、ひたすら前向きに頑張るための応援歌とだけ捉えると、こぼれてしまうものがあります。進みたい気持ちのそばには、心細さや、慣れ親しんだ場所への愛着もあるように聞こえます。
帰りたいと思う場所があることと、そこから離れて挑戦したいことは、同時に存在できるのではないでしょうか。
聖司は旅立つ前、雫の歌を励みにして頑張るという気持ちを伝えます。このとき、歌は単なる好きな曲を越えて、離れた場所でも雫との時間を思い出せるものになったと考えられます。
一人で挑戦するとしても、心の支えまで一人で用意しなければならないわけではない。二人の関係を通して聴くと、そんな受け止め方もできます。
雫の「コンクリート・ロード」も、同じ曲から生まれている
劇中には、雫が「カントリー・ロード」をもとに考えた「コンクリート・ロード」も登場します。身近な街の風景を取り込んだ、ユーモラスな替え歌です。
これは、映画の正式な主題歌とは分けて考える必要があります。主題歌の曲名は「カントリー・ロード」であり、「コンクリート・ロード」は雫が作中で作った替え歌です。
ただ、この短い替え歌にも雫らしさが表れています。遠くの景色を歌う曲を、自分が暮らす街の風景へ引き寄せているからです。
雫にとって身近なのは、住宅や道路が広がる街です。その場所を自分の言葉にする姿には、誰かの作品を受け取るだけでなく、自分でも表現を作り始めている面が見えます。
立派な物語を書き始めた瞬間だけが、創作の出発点ではないんよな。友達と笑い合うような替え歌にも、言葉を選び、見慣れたものを違う形で見せる楽しさがあります。
エンディングで聴くと、同じ歌の意味が変わってくる
エンディングで流れる「カントリー・ロード」は、地球屋の場面とは違う位置から聴くことになります。その頃には、雫が物語を書き上げるまでの苦しさや、聖司が夢に向かって踏み出す姿を知っているからです。
二人の挑戦を見届けた後では、歌に含まれる前へ進む気持ちも、最初より具体的に感じられるかもしれません。
ただし、映画の終わりに二人の将来がすべて決まったわけではありません。聖司はまだ一人前の職人ではなく、雫も作家として成功したわけではありません。
目標が見えたことと、それを実現できたことの間には、これからの時間が残っています。
だからこそ、最後の歌は成功を祝うものというより、自分の未熟さを知りながら歩き始める二人に重なるように受け取れます。明るい曲調の中にも少し切なさを感じるなら、その先に続く時間を想像するからかもしれません。
まとめ|「カントリー・ロード」は雫自身の声で物語につながる主題歌
アニメ映画『耳をすませば』の主題歌「カントリー・ロード」を歌っているのは、月島雫役の本名陽子さんです。冒頭の英語版はオリビア・ニュートン=ジョンの歌唱で、日本語版とは区別できます。
日本語版の制作クレジットは、訳詞が鈴木麻実子さん、補作が宮崎駿さん、編曲が野見祐二さんです。物語の中では、雫が日本語の詞を考える設定になっています。
そして、この歌は、聖司との合奏や旅立ち、雫自身の挑戦と結びついています。
誰が歌っているのかを知ったうえで聴くと、「カントリー・ロード」は作品を彩る曲であると同時に、雫が自分の言葉を誰かへ届ける歌としても聞こえてきます。
地球屋では一緒に音楽を楽しむ歌になり、旅立ちの前には相手を支える歌になる。同じ曲が場面ごとに違う役割を持つことが、『耳をすませば』と深く結びついている理由の一つではないでしょうか。

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