『風立ちぬ』は、いつの日本を描いた映画なのでしょうか。着物姿の人がいる一方で、列車や飛行機、洋風のホテルも登場するため、時代をつかみにくいところがあります。
最初に答えると、『風立ちぬ』の主な時代設定は、大正から昭和初期にかけてです。1920年代から1930年代の日本を中心に、二郎の成長と飛行機づくり、菜穂子との関係が描かれます。
ただし、映画全体が一つの年の出来事というわけではありません。少年時代から設計技師として働く時期へ進み、夢の場面も交わるため、現実の年表とすべてを一対一で対応させるのは避けたいところです。
この記事では、年代を知る手がかりになる関東大震災や、大正から昭和への移り変わりを整理します。映画に描かれた出来事と、背景となる史実を分けて見ていきましょう。
※この記事は『風立ちぬ』の物語の展開に触れます。
『風立ちぬ』の時代設定は大正から昭和初期
ディズニー公式の作品紹介では、『風立ちぬ』の背景として、大正から昭和へ移り変わる1920年代の日本が説明されています。不景気や貧しさ、病気、大震災があり、その後、日本が戦争へ向かっていく時代です。
ここで注意したいのは、公式紹介に1920年代とあるからといって、映画の全編が1920年代だけで完結するわけではないことです。
物語は二郎の少年時代から始まり、学生時代、就職後の飛行機開発へと進みます。設計技師としての歩みを含めると、1930年代も重要な時期になります。
まずは「大正から昭和初期へ進む物語」と捉え、その中に震災や航空機開発の出来事を置いていくと、流れが分かりやすくなります。
映画の公開年と、物語の年代は別
『風立ちぬ』が劇場公開されたのは、2013年7月20日です。これは映画がつくられ、公開された年であって、二郎たちが暮らす時代ではありません。
検索結果や作品紹介にある「2013年」という数字と、作中の1920〜1930年代を分けておけば、混乱せずに読めます。
年代を知る大きな手がかりは1923年の関東大震災
『風立ちぬ』の時代を整理するとき、重要な目印になるのが関東大震災です。
気象庁によると、大正関東地震が発生したのは、1923年、元号では大正12年の9月1日です。この地震によって生じた大規模な災害が、関東大震災と呼ばれます。
映画でも、関東大震災が起きて人々が混乱する中で、二郎と菜穂子が出会うことが、公式のあらすじに記されています。
出典:三鷹の森ジブリ美術館オンラインショップ『風立ちぬ』あらすじ
つまり、震災の場面は大正時代の出来事です。「昔の大地震だから昭和かな」と考えると、ここで年代がずれてしまいます。
二郎と菜穂子の出会いは、平穏な日常の中ではない
時代を知る意味は、年号を覚えることだけではありません。
二郎と菜穂子の最初の出会いには、多くの人の暮らしが一変する災害が重なっています。二人の物語は、社会の大きな出来事から切り離された場所で始まるわけではないのです。
ここからは考察ですが、この背景を押さえると、二人が再び会い、関係を深めていくことにも、違った重みが感じられます。
明日も同じ場所で、同じように暮らせるとは限らない。そういう時代に、誰かともう一度つながることには、単なる偶然以上の意味を見いだせるのかもしれません。
ただし、二人の出会いや会話を、実在の堀越二郎の体験としてそのまま扱うことはできません。映画の人物と史実の人物は、分けて考える必要があります。
大正から昭和に変わったのは1926年
大正と昭和の境目は、1926年12月25日です。国立公文書館では、大正天皇の崩御に伴い、同日以後を昭和元年とする改元の詔書が出されたと説明されています。
出典:国立公文書館「大正15年(1926)12月|昭和と改元」
そのため、1920年代には大正と昭和の両方が含まれます。「1920年代=全部大正」「昭和=1930年から」ではありません。
| 西暦 | 元号 | 年代をつかむ目印 |
|---|---|---|
| 1923年 | 大正12年 | 関東大震災が起きた年 |
| 1926年12月24日まで | 大正15年 | 大正時代の終わり |
| 1926年12月25日から | 昭和元年 | 昭和への改元 |
| 1930年 | 昭和5年 | 1930年代も昭和初期に当たる |
この表は、歴史上の年代を整理するためのものです。映画の場面が一つずつ、この年に切り替わるという意味ではありません。
元号が変わっても、人々の暮らしがその日に一斉に別物になるわけではないですよね。映画に和服と洋服、古くからの暮らしと新しい技術が一緒に登場しても、不思議ではありません。
映画の二郎の人生を、史実の年表だけで決めつけない
年代を調べると、実在の堀越二郎の入学年や就職年を使って、映画のすべての場面に年号をつけたくなるかもしれません。
ただ、『風立ちぬ』は史実をそのまま再現した記録映画ではありません。
日本テレビの公式紹介では、実在の堀越二郎をモデルに、堀辰雄の小説『風立ちぬ』をモチーフとして、空想を交えて描いた作品と説明されています。
歴史上の出来事の年が分かることと、映画のすべての出来事に正確な年月日をつけられることは別です。
関東大震災のように年代の目印になる出来事を押さえつつ、恋愛や夢の場面まで実在人物の年表で埋めない。この見方なら、時代背景と映画ならではの物語を、どちらも大切にできます。
飛行機開発の時期は1930年代の昭和初期につながる
二郎が設計技師として働く時期を考えるうえでは、映画に登場する飛行機も年代の手がかりになります。
公式のあらすじでは、二郎が九試単座戦闘機の開発に没頭していくことが紹介されています。これは、零戦とは別の飛行機です。
出典:三鷹の森ジブリ美術館オンラインショップ『風立ちぬ』あらすじ
所沢航空発祥記念館の企画展「堀越二郎の生涯」の年表では、実在の堀越二郎が手がけた九試単座戦闘機の完成は、1935年、昭和10年の出来事として掲載されています。
これは史実上の航空機開発の年代です。映画の恋愛や暮らしの場面まで、すべて1935年と確定させる根拠にはなりません。ただ、物語を1920年代だけで考えると足りないことが分かります。
九試単座戦闘機と零戦を混同しない
『風立ちぬ』は零戦の設計者をモデルにした映画として紹介されるため、二郎が開発する飛行機を、すべて零戦だと思ってしまうかもしれません。
しかし、史実の年表では、九試単座戦闘機の完成と、1939年の零戦初飛行は別の出来事です。
九試単座戦闘機は、その後の九六式艦上戦闘機につながる機体です。名前の似た軍用機が続くのでややこしいですが、「九試=零戦」と覚えないことが大切です。
映画の二郎の仕事を、最初から零戦へ一直線につながる成功物語として見るより、試作や失敗を重ねながら設計に取り組む歩みとして見ると、時間の積み重なりも捉えやすくなります。
『風立ちぬ』は戦前の話?戦時中の話?
大きくいえば、太平洋戦争前の日本を中心に、その後の戦争の帰結まで視野に入れた物語と整理できます。
ただし、「太平洋戦争前」と「戦争と無関係な平和な時代」は同じではありません。二郎が取り組む仕事には、すでに軍用機の開発という性格があります。
歴史上、日本が対米英戦争へ踏み出したのは、1941年、昭和16年12月8日です。国立公文書館アジア歴史資料センターでは、この日に日本軍がマレー半島への上陸、真珠湾攻撃を開始したことが説明されています。
出典:アジア歴史資料センター「終戦に関する公開資料のご紹介」
この1941年という数字は、映画の背景を理解するための歴史上の目印です。二郎の就職や菜穂子との暮らしを、すべて開戦後の出来事として考えるのは適切ではありません。
戦場の場面が中心でなくても、戦争は仕事に関わっている
『風立ちぬ』では、設計の仕事や、二郎と菜穂子の関係に多くの時間が使われます。そのため、戦争が遠くの出来事のように感じられることもあるでしょう。
けれど、二郎がつくろうとしている飛行機の用途を考えると、仕事と時代の動きは切り離せません。
ここからは考察ですが、本人にとっては夢を形にする毎日でも、その仕事は社会や国家の目的の中に置かれている。その重なりが、この映画の時代背景を考える難しさです。
二郎の願いを理解することと、軍用機が使われる現実を考えること。その両方が必要で、「昔の人は大変やった」で片づけられないところがあるんですよね。
和服と洋服が混ざる風景は、時代の移り変わりを伝えている
年代の数字とは別に、画面の中の服装や建物、移動手段も、時代を感じる手がかりになります。
映画には、着物や和風の住まいとともに、洋服、列車、ホテル、航空機の設計現場が登場します。古くからの暮らしが残る中で、新しい技術や文化が生活に入り込んでいる風景です。
ただし、和服だから大正、洋服だから昭和というように、服装だけで年代を決めることはできません。元号が変わった日に、人々の服や家が一斉に変わるわけではないからです。
年号を細かく当てるより、異なる暮らしや技術が、同じ社会の中に並んでいることに注目すると、映画の風景が理解しやすくなります。
飛行機という先端の技術へ向かう二郎も、その時代の日常から突然切り離された存在ではありません。列車で移動し、人と出会い、食事をし、働く。その生活の延長に、飛行機づくりがあります。
夢の場面には、現実の年表をそのまま当てはめない
もう一つ、時代設定をつかみにくくするのが、カプローニと会う夢の場面です。
公式のあらすじでも、二郎がカプローニに励まされるのは夢の中と説明されています。そのため、そこで二人が会う場面を、現実の海外訪問の記録として年代順に並べることはできません。
夢の場面は、二郎の憧れや、設計家としての思いを表していると読むことができます。そこで重要なのは、必ずしも「何年何月の出来事か」ではなく、その時点の二郎が何を願い、何に向き合っているのかです。
現実の場面では歴史の目印を探し、夢の場面では二郎の内面に目を向ける。そう分けると、年表にできる部分と、年表だけでは説明できない部分が見えてきます。
まとめ|大正から昭和初期を軸に、歴史と映画の時間を分けて考える
『風立ちぬ』の主な舞台は、大正から昭和初期にかけての日本です。1920年代から1930年代を中心に、二郎の成長と設計の仕事、菜穂子との関係が描かれます。
年代を整理する目印は、1923年の関東大震災、1926年の昭和への改元、そして1930年代の航空機開発です。
ただし、史実の年表は映画を理解する手がかりであって、すべての場面の年月日を確定させるものではありません。
時代を知ると、二郎の夢や二人の暮らしを、その人たちだけの問題としては見られなくなります。自分で選びたい人生と、自分だけでは選べない社会の流れ。その重なりを捉えることが、『風立ちぬ』の時代背景を知る意味なのかもしれません。

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