『崖の上のポニョ』舞台は鞆の浦?構想が練られた町との関係

『崖の上のポニョ』に登場する、海と家々が寄り添うような町。あの風景には実在するモデルがあるのか、気になった人もいるのではないでしょうか。

作品と深い関わりがあるのが、広島県福山市の鞆の浦(とものうら)です。

鞆の浦は、宮崎駿監督が滞在し、『崖の上のポニョ』の構想を練った場所として紹介されています。ただし、映画の町全体が鞆の浦そのものであると、公式に舞台が特定されているわけではありません。

「ポニョの舞台」と聞けば、宗介の家や海沿いの道まで、そのまま実在しているように思えますよね。けれど、作品が生まれるきっかけになった町と、物語の中の町は、少し分けて考える必要があります。

この記事では、公式の地域資料で確認できる宮崎監督と鞆の浦の関係を整理しながら、映画の港町と現実の風景をどう重ねて楽しめるのかを考えていきます。

『崖の上のポニョ』の舞台は鞆の浦?まず押さえたい関係

福山市は「構想が練られた場所」として紹介している

鞆の浦と『崖の上のポニョ』のつながりは、単に風景が似ているという話だけではありません。

福山市の公式ページでは、鞆の浦について、スタジオジブリのアニメ映画『崖の上のポニョ』の構想が練られた場所として紹介しています。

つまり、作品が形になる過程で、宮崎監督がこの町と関わっていたことが、鞆の浦を「ポニョゆかりの町」と呼ぶ根拠になっています。

参考:福山市公式サイト「『鞆の浦慕情』の舞台!福山・鞆の浦」

ここで大切なのは、「構想を練った」という言葉の受け取り方です。その場所で物語について考えたことと、そこで見た建物や道路をすべて映画に再現したことは、同じではありません。

鞆の浦との関係を知るときも、まずは作品づくりに関わった現実の町として捉えると、話が分かりやすくなります。

地元の公式観光サイトも、舞台の断定には慎重

日本遺産・鞆の浦の公式観光サイト「VISIT鞆の浦」では、宮崎監督がジブリの社員旅行で訪れ、町を気に入って長期滞在した経緯が紹介されています。

一方で、同サイトは鞆の浦が映画の舞台だと明言されているわけではないことも説明しています。

参考:VISIT鞆の浦「映画やドラマの風景を探す―ロケ地巡りコース」

地域の観光案内でも、この点を分けているのは大事ですね。「ゆかりがある」という確かな関係を、そのまま「映画に出てくる場所は全部ここ」と広げないようにしたいところです。

ただ、舞台の住所が確定していないからといって、作品とのつながりが薄くなるわけではありません。監督が実際に時間を過ごした町だと知れば、海の見え方や家々の並びにも、自然と目が向くのではないでしょうか。

宮崎駿監督は鞆の浦でどのように構想を練ったのか

スタッフ旅行をきっかけに、その後も町を訪れた

宮崎監督の訪問については、福山観光コンベンション協会が公開している、ふくやまフィルム・コミッションの活動資料に、もう少し具体的な説明があります。

資料によると、宮崎監督は2004年11月にスタッフ旅行で鞆の浦を訪問。その後、個人でも訪れ、翌2005年春には約2か月間滞在し、2006年夏にも再訪して、作品の構想を練ったとされています。

参考:福山観光コンベンション協会公開資料「ふくやまフィルム・コミッションの活動」(PDF)

この経緯から分かるのは、一度立ち寄って景色を眺めただけの関係ではなかった、ということです。

旅先を短時間歩くのと、その町でしばらく過ごすのとでは、目に入るものが変わります。最初は海の美しさが印象に残っても、時間がたてば、道のつながりや船の動き、そこで暮らす人の姿にも気づくかもしれません。

ただし、これは滞在という行為についての考察です。宮崎監督が何を見て、どの場面を思いついたのかまで、今回の資料だけで特定することはできません。

「ここで映画のすべてが生まれた」とまでは言い切れない

構想を練った場所と聞くと、「この海を見てポニョを思いついた」「この家を見て宗介の家を描いた」と、具体的な場面まで結びつけたくなります。

けれど、そうした一対一の対応には、それぞれ別の根拠が必要です。

確認できる滞在の経緯と、個々の建物や風景が何のモデルになったかという話は、別の情報として扱う必要があります。

むしろ、一つの町がそのまま映画に置き換わったと考えるより、現実の土地で得た印象が、想像の世界へどうつながったのかと考えるほうが、創作の面白さに近づける気がします。

同じ景色を前にしても、誰もが同じ物語を思いつくわけではありません。現実にある海と、そこから生まれる物語。その間にあるものを想像できるのが、作品ゆかりの場所を知る楽しさなんちゃうかな。

鞆の浦はどこにある?海と暮らしが近い港町

鞆の浦は、広島県福山市の瀬戸内海に面した港町です。福山市の公式案内では、福山駅から南へ約14キロに位置すると紹介されています。

参考:福山市公式サイト「鞆の浦(とものうら)」

昔から、船が航行に適した潮を待つ「潮待ちの港」として栄えてきました。古い町並みが残り、現在も人々が暮らしている場所です。

ここで目を向けたいのは、海が町から離れた観光用の風景として存在しているわけではない、という点です。港や家々、人が行き来する道が、一つの暮らしの風景をつくっています。

『崖の上のポニョ』の町について考えるときも、建物の形が似ているかだけでなく、人が暮らす場所と海が、どれくらい近くにあるのかに注目すると、比較の視点が広がります。

海の見える町という言葉には、どこか憧れがありますよね。ただ、実際の町には、景色を眺める時間だけでなく、毎日の仕事や移動、生活があります。鞆の浦を作品と重ねるなら、そうした暮らしのある場所として見てみるのも、一つの楽しみ方です。鞆の浦とポニョの町は、どこまで重ねて見られる?

海と家々の距離に注目すると、風景の楽しみ方が変わる

鞆の浦と映画の町を比べるとき、まず気になるのは「同じ場所があるのか」ということだと思います。

ただ、建物や道路の形だけを照らし合わせようとすると、確認できることが限られてしまいます。そこで一つの見方になるのが、海と暮らしの距離を比べることです。

鞆の浦について、福山市は、昔からの町並みに現在も人々の生活が息づく港町として紹介しています。海が見えるというだけでなく、その海のそばで生活が続いている場所なんですね。

参考:福山市公式サイト「『鞆の浦慕情』の舞台!福山・鞆の浦」

作品ゆかりの町を歩くなら、海に向かって立ったときの家々の見え方や、路地の先に港が現れる感覚などに目を向ける方法もあります。これは特定の場面のモデルを探すこととは違う、風景の受け取り方です。

「映画のこの場所や」と答えを見つける楽しさもあるけれど、町の空気に触れて、作品から受け取った印象と比べてみる。それも十分に面白い楽しみ方やと思います。

宗介の家など、個別のモデルは別に確認する必要がある

一方で、「宗介の家はこの建物」「ひまわりの家はこの施設」といった情報については、慎重に見る必要があります。

今回確認した公式資料からは、宗介の家やひまわりの家など、個々の建物と実在する場所の対応までは確認できませんでした。

見た目が似ているという発見と、制作側がモデルとして認めているという情報は、分けて受け取るのがよいでしょう。

同じように、宮崎監督が滞在した建物だからといって、それがそのまま宗介の家のモデルであるとは限りません。滞在先としての関係と、美術設定としての関係は、それぞれ根拠が必要です。

似ている場所を見つけたときは、「ここがモデルだ」と決める前に、「この眺めからは、あの町を連想するな」と楽しむ。そのくらいの余白があっても、作品とのつながりは味わえるのではないでしょうか。

「ポニョのロケ地」と呼ぶときに知っておきたいこと

鞆の浦を調べていると、「ポニョのロケ地」という表現に出会うことがあります。

ただし、『崖の上のポニョ』はアニメーション映画です。実写映画のように、俳優が現地で演じた風景を撮影し、その映像を本編に使ったという意味のロケ地とは区別したほうが、関係を理解しやすくなります。

鞆の浦とのつながりを説明するなら、「構想が練られた町」「制作にゆかりのある場所」という言い方が、確認できた情報に合っています。

なお、公式観光サイト「VISIT鞆の浦」のロケ地巡りコースには、鞆の浦で実際に撮影された映画やドラマとともに、『崖の上のポニョ』も紹介されています。同じ案内に掲載されていても、作品ごとに町との関わり方は異なります。

参考:VISIT鞆の浦「映画やドラマの風景を探す―ロケ地巡りコース」

この違いを知っておくと、旅先で何を探したいのかも整理できます。撮影された場所を訪ねるのか、創作につながった土地を歩くのか。同じ映画をきっかけにした旅でも、楽しみ方が少し変わるんですね。

鞆の浦を訪れるなら、映画との一致だけでなく町そのものを楽しみたい

港や路地を、自分の目で眺めてみる

鞆の浦に関心を持ったきっかけがポニョでも、現地で見るものを映画との共通点だけに絞る必要はありません。

公式の観光案内で紹介されている常夜燈や港、古い町並みなどは、作品との対応が証明されているかどうかにかかわらず、その町を知る手がかりになります。

最初は「ポニョの雰囲気を感じたい」と歩き始めても、途中で気になる路地や海の眺めに出会うかもしれません。そうなれば、その景色は映画を通して知った風景から、自分で見つけた風景へ変わります。

作品の答え合わせをするだけでは終わらないところに、ゆかりの土地を訪れる面白さがあるのでしょう。

人が暮らす町として、公開されている場所を歩く

町歩きでは、観光施設と個人の住まいを区別することも大切です。

映画に似た建物を見つけても、そこが見学できる施設とは限りません。監督にゆかりがあると紹介されている場所についても、立ち入りや撮影ができるかは、現地の案内に従う必要があります。

訪問する際は、公式観光サイトの地図や公開情報を確認し、歩ける場所から町を楽しむのがよいでしょう。

観光情報:日本遺産・鞆の浦公式サイト「VISIT鞆の浦」

海のそばの暮らしに惹かれると、つい風景全体を特別なものとして見たくなります。でも、そこには誰かの普段の日があります。その日常が続いているからこそ、町の風景にも厚みがあるんやろうなと思います。

まとめ|鞆の浦は『崖の上のポニョ』の構想が練られた、ゆかりの港町

『崖の上のポニョ』と鞆の浦の関係について、確かに押さえておきたいのは、宮崎駿監督がこの町を訪れ、滞在しながら作品の構想を練ったと、自治体や地域の公式資料で紹介されていることです。

鞆の浦はポニョの創作と関わりのある町ですが、映画の町全体や個々の建物が、そのまま実在すると確認されているわけではありません。

その区別を知ったうえで眺めると、港や路地の風景も、少し違って見えてくるのではないでしょうか。

「宗介たちの町は、ここなのか」という疑問から始まって、「この海を前に、どんな物語を考えたのだろう」と想像が広がる。鞆の浦とポニョの関係には、そんな創作の入口を訪ねる楽しさがあります。

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