『魔女の宅急便』ジジとは?性格とキキとの関係を解説

『魔女の宅急便』に登場するジジは、13歳の魔女キキと一緒に旅立つ黒猫です。大きな耳とくりっとした目が印象的ですが、ジジの魅力は見た目のかわいさだけではありません。

ジジは、キキが気兼ねなく本音を話せる相棒であり、知らない街での暮らしや仕事を一緒に乗り越える存在です。少し皮肉っぽい言い方もしますが、困ったときには行動でキキを助けてくれます。

では、ジジはどんな性格なのでしょうか。キキとのやり取りや、届け物を手伝う場面から、その魅力を整理していきます。この記事では、宮﨑駿監督によるアニメ映画版を中心に扱い、原作の設定とは分けて説明します。

※この記事には『魔女の宅急便』の後半や結末に関わるネタバレが含まれます。

『魔女の宅急便』ジジとは?キキと旅立つ黒猫の相棒

ジジは、キキが故郷を離れて魔女の修業に出るとき、一緒にほうきに乗って旅立つ黒猫です。キキが海辺の街コリコに暮らし始めてからも、そばで新しい生活を共にします。

映画の公式紹介でも、キキは黒猫ジジと連れ立って街にやってくると説明されています。また、ジジの声を担当しているのは佐久間レイさんです。

出典:ディズニー公式『魔女の宅急便』作品紹介・キャスト

映画の中では、キキとジジが言葉を交わす様子が描かれます。キキはジジに話しかけ、ジジも自分の意見を返す。二人の会話は、主人と従順なペットというより、気心の知れた友達同士のやり取りに近く見えます。

ここで大切なのは、ジジがキキの言うことに何でも賛成するわけではないことです。キキが期待を膨らませる場面でも、ジジは不安や不満を口にする。だからこそ、二人の会話には、長く一緒にいる相手らしい遠慮のなさがあります。

知らない街で、最初から何でも話せる人を見つけるのは難しいものです。キキには、初対面の相手に対して身構えたり、周囲とうまくなじめなかったりする場面があります。その一方で、ジジにはすぐに気持ちをこぼせます。

ひとり立ちの旅とはいっても、キキは完全に一人で出発するわけではないんよな。慣れ親しんだ相棒がそばにいる。そのことが、新しい世界へ踏み出す支えになっていると考えられます。

ジジの性格は?皮肉っぽさと慎重さが魅力

映画のジジには、物事を少し引いて見るようなところがあります。キキと同じ状況にいても、同じように浮かれるのではなく、気になる点や不安を言葉にします。

こうした反応から、ジジは慎重で、少し皮肉屋な相棒として受け取れます。ただし、これは作中の言動から読み取れる性格であり、すべての場面で落ち着いているという意味ではありません。

キキの勢いに、別の見方を添えてくれる

キキは、新しい街で暮らすことへの期待を持って旅立ちます。しかし、期待していた暮らしと現実の間には、少しずつ違いが出てきます。街に到着したからといって、すぐに居場所や仕事が整うわけではありません。

ジジの慎重な反応は、そんなキキの勢いに別の見方を添えています。キキが前へ進もうとするとき、ジジはその状況を違う角度から見ている。二人のやり取りによって、期待だけでは片づけられない新生活の難しさも伝わってきます。

とはいえ、ジジがいつも正しく、キキがいつも無鉄砲という関係ではありません。慎重であれば避けられる失敗もありますが、踏み出してみなければ出会えない人や経験もあります。

二人は、どちらか一方が正解を持っているというより、違う反応をしながら同じ出来事を経験する組み合わせなんやと思います。

不満を言うからといって、冷たいわけではない

ジジは、状況に対して素直に不満を表します。その言い方だけを取り出すと、少しそっけなく感じることもあるかもしれません。

しかし、キキを助ける必要がある場面では、実際に手を貸しています。口では気乗りしない様子を見せても、困っている相棒を置き去りにはしない。その言葉と行動の組み合わせに、ジジらしさがあります。

いつでも優しい言葉をかけてくれる相手だけが、頼れる相手とは限らないんよな。文句も言うし、怖がりもする。それでも一緒に動いてくれるから、ジジの支え方には親しみが感じられます。

ぬいぐるみの身代わりになる場面に表れるジジの頼もしさ

ジジとキキの関係がよく分かるのが、黒猫のぬいぐるみを届ける仕事です。

キキは配達の途中でぬいぐるみを落としてしまいます。そこで、ジジがぬいぐるみの代わりとして届け先に残り、その間にキキが本物を探しに戻ります。

ジジにとっては、知らない家で動かずに待たなければならない、落ち着かない役目です。しかも、その家には大きな犬がいます。ここでは、普段の皮肉っぽい受け答えとは違う、ジジの緊張や心細さも描かれます。

ジジは、怖さを感じないから協力できるのではなく、落ち着かない状況でもキキの仕事を支えているわけです。

この場面を見ると、ジジを単なる「話し相手」と呼ぶだけでは足りないことが分かります。キキが失敗したとき、その失敗の後始末を一緒に引き受けている。届け物をするのはキキですが、その仕事はジジの協力にも支えられています。

もちろん、キキだけでなくジジも、周囲の助けを受けています。届け先の犬は、ジジにとって最初は警戒する相手ですが、結果的にはぬいぐるみとの入れ替わりを助けてくれます。

この小さな出来事には、新しい街で生きていく二人の姿が詰まっています。自分たちだけではうまく処理できないことが起こり、思いがけない相手の助けによって切り抜ける。キキのひとり立ちは、何でも一人でできるようになることとは違うのだと読み取れます。

キキにとってジジは、弱音をこぼせる身近な存在

届け物を手伝う場面だけでなく、何でもない会話にもジジの役割が表れています。キキは、仕事が来ないときの不満や、暮らしの中で感じたことをジジに話します。

街の人との会話では、キキは相手との距離を探る必要があります。仕事なら礼儀も必要ですし、同年代の相手には、自分がどう見られているかを気にすることもあります。

その点、ジジには立派な魔女として振る舞う必要がありません。うまくいかない気持ちを、そのまま出せる。ジジとのやり取りは、キキが外では見せにくい気持ちを表す場面にもなっています。

ただし、ジジがキキの悩みをすべて解決してくれるわけではありません。励ましの言葉で何もかも片づけるのではなく、同じ暮らしの中にいて、言葉を返してくれる存在です。

ジジの大切さは、正しい答えを教えてくれること以上に、キキが気持ちを隠さずにいられるところにあるのかもしれません。

だからこそ、物語の後半で二人の会話に変化が起きると、それは単に便利な能力が失われた出来事には見えません。キキにとって当たり前だった、相棒とのつながり方そのものが変わる出来事として響いてきます。ジジとキキの関係は変わる?言葉が通じなくなる場面の意味

物語の後半では、キキがジジに話しかけても、それまでのような言葉の返事が聞こえなくなります。キキに聞こえるのは、猫の鳴き声です。

この変化を考えるときは、映画で描かれている出来事と、その意味についての解釈を分ける必要があります。作中で確認できるのは、キキがジジの言葉を以前のようには理解できなくなることです。ジジがキキを嫌いになったと説明されるわけではありません。

また、キキは同じ時期に空を飛ぶ力も失います。ただし、終盤で再び飛べるようになったあとも、ジジとの人間の言葉による会話が戻ったことは、日本語版の映画では描かれていません。

そのため、二人の変化を「キキの魔法が弱くなっただけ」と整理すると、最後まで説明しきれない部分が残ります。

気持ちを確かめる方法が変わったとも受け取れる

それまでキキにとって、ジジは話しかければ言葉を返してくれる存在でした。ところが、その返事が分からなくなると、ジジが何を考えているのか、以前と同じ方法では確かめられません。

ここには、親しい相手との関係が変化するときの戸惑いを重ねることもできます。そばにいることは変わらなくても、以前のように何でも分かり合えるとは限らない。その変化を、キキは受け止めなければならなくなります。

ただし、これは作品の描写から広げた考察です。「成長したから言葉が分からなくなった」という説明を、映画の中で明言された設定として扱うことはできません。

言葉が聞こえなくなったから、絆まで消えてしまったのか。それとも、言葉に頼らない関係へ変わったのか。映画の結末は、その問いを考える余地を残しています。

白猫リリーとの関係に見える、ジジ自身の暮らし

ジジは、新しい街で白猫のリリーと親しくなります。キキのそばにいる相棒としてだけでなく、ジジにも自分の関心や、関わる相手ができていくのです。

最初からリリーに好意的だったわけではありませんが、やがて二匹は一緒に過ごすようになります。この変化には、少し皮肉っぽかったジジが、新しい相手へ近づいていくおかしみもあります。

そして、エンドクレジット中の映像では、ジジとリリーが子猫たちと一緒にいる姿が描かれます。映画の終わりには、ジジにもキキとの関係とは別のつながりができていることが分かります。

ここで注意したいのは、「リリーと仲良くなったせいで、キキと話せなくなった」と因果関係を決めつけないことです。二つの変化は描かれていますが、恋愛が会話を失わせた原因だと、映画の中で説明されているわけではありません。

むしろ関係性の面から見ると、キキが街の人たちとのつながりを増やしていく一方で、ジジにも別の居場所ができていく、と受け取れます。

いつも一緒にいる相棒にも、その相棒自身の世界がある。ジジをキキのためだけに存在するキャラクターとして見ないと、この変化には別の意味が見えてくるんよな。

キキのひとり立ちは、ジジを必要としなくなることなのか

キキの成長とジジとの関係を結びつけると、「自立するためにジジから離れた」とまとめたくなるかもしれません。しかし、それだけでは映画の最後に残る二人のつながりを捉えきれません。

キキは、街でおソノやウルスラ、トンボたちと出会います。困ったときに頼れる相手や、自分とは違う考え方に触れる機会が増えていきます。ジジだけが、気持ちを向ける相手ではなくなるのです。

一方で、ジジが不要になって捨てられるわけではありません。終盤には、トンボを救ったキキのもとへジジが駆け寄る姿もあります。以前のような会話は描かれなくても、二人は再び顔を合わせます。

キキのひとり立ちは、ジジとの絆をなくすことではなく、ジジ以外にも関係を広げながら、自分で判断する場面が増えることだと考えられます。

ずっと同じ距離で、同じ言葉を交わしていられる関係は安心できるものです。でも、相手にも自分にも、新しく大切にするものができることはあります。

それをすぐに「離れてしまった」「仲が悪くなった」と捉える必要があるのか。キキとジジの姿は、親しさと変化が両立する可能性を見せているようにも思えます。

変わらず大切な相手でも、関わり方まで変わらずにいられるとは限らない。そこに少し寂しさがあるからこそ、最後にジジがキキのもとへ来る姿にも意味が感じられるのではないでしょうか。

原作のジジと映画のジジは、設定を分けて考えよう

『魔女の宅急便』の原作は、角野栄子さんによる児童文学です。福音館書店の紹介でも、ジジはキキと喜びや悲しみを共にする黒猫の相棒として説明されています。

出典:福音館書店『魔女の宅急便』作品紹介

ただし、原作シリーズには映画の範囲を超えた物語があります。幼いキキとジジの関わりを描く『キキとジジ』も刊行されており、出版社の紹介では、ジジがキキの誕生後に家へ迎えられ、一緒に育つことが説明されています。

出典:福音館書店「魔女の宅急便シリーズ最新刊! 幼いころのキキとジジに会える」

こうした原作側の情報を、そのまま映画で説明された過去として扱うことはできません。映画のジジについて考えるときは、まず映画に映っている行動や、キキとのやり取りを軸にすることが大切です。

原作に詳しい背景があることと、映画がその背景を明示していることは別です。この違いを押さえると、二人の関係についても、確かな情報と想像を分けて楽しめます。

まとめ|ジジは、関係が変わってもキキの大切な相棒

『魔女の宅急便』のジジは、少し皮肉っぽく、慎重なところがある黒猫です。それでも、キキが困ったときには仕事を手伝い、慣れない街での暮らしを共にします。

キキにとっては、本音や弱音をこぼせる身近な相手でもあります。だからこそ、言葉が分からなくなる変化は、単なる魔法の不調以上の寂しさを感じさせます。

しかし、映画は二人の変化を、絆が消えた出来事としては描いていません。キキには新しい人間関係ができ、ジジにもリリーたちとの暮らしが生まれます。その中でも、二人のつながりは残っています。

ジジの魅力は、キキを支える相棒でありながら、ジジ自身の気持ちや世界も持っているところにあります。かわいい黒猫として見るだけでなく、その行動を追ってみると、キキのひとり立ちが「誰の助けもいらなくなること」ではないと見えてきます。

以前と同じ会話ができなくても、大切な相手でいられるのか。キキとジジの最後の姿は、そんな問いを静かに残しているのかもしれません。

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