『となりのトトロ』のお母さんは、どうしてサツキやメイと一緒に暮らしていないのでしょうか。病院では穏やかに笑っているのに、姉妹はお母さんのことになると強い不安を見せます。
お母さんは、病気のため七国山病院に入院しているサツキとメイの母親です。離れて暮らしていても、姉妹にとって甘えたい相手であり、帰りを待ち望む大切な存在として描かれています。
声を担当しているのは島本須美さん。お母さんの登場場面は限られていますが、その不在は、サツキが家族を支えようとする姿や、メイがお母さんに会いたがる気持ちと深く関わっています。
この記事では、お母さんの入院について映画で分かることを整理し、お見舞いの場面や姉妹の行動から、母と娘たちの関係を考えます。
※ここから『となりのトトロ』の物語後半に関わる内容にも触れます。
『となりのトトロ』のお母さんはどんな人物?
お母さんは、サツキとメイの父・草壁タツオの妻であり、二人の娘を病院から見守る人物です。映画では、家族がお見舞いに来たときの会話や表情を通して、娘たちとの親しい関係が伝わってきます。
病院にいるからといって、いつも苦しそうに描かれているわけではありません。娘の話に耳を傾け、笑顔を見せる場面もあります。そのため、姉妹にとって病院は心配な場所であると同時に、お母さんに会える場所でもあります。
母親役の声優については、日本テレビ「金曜ロードショー」の公式作品紹介で、島本須美さんと確認できます。
お母さんの人物像を考えるときに注目したいのは、娘たちが会いに行った際の距離の近さです。入院によって暮らす場所は分かれていても、親子の関係が冷たくなった様子はありません。
一緒に暮らせないことと、気持ちが離れていることは別。お見舞いの場面には、その違いが表れています。
お母さんはなぜ入院している?映画では病名を明言していない
映画で分かるのは、お母さんが病気で入院し、療養しているということです。具体的な病名は、映画本編の会話では明言されていません。
そのため、映画の人物紹介として説明するなら、「病気のため七国山病院に入院中」と整理するのが適切です。病院のモデルについての説や、別媒体の設定を、そのまま映画内で説明された事実として扱うことはできません。
また、病院で笑顔を見せていることだけを根拠に、病気が軽いと判断することもできません。反対に、入院が続いているからといって、回復の見込みがないと決めつけることもできないでしょう。
この作品は、病状を医学的に詳しく説明するよりも、家族が離れて暮らしている時間を子どもの側から描いています。サツキとメイにとって切実なのは、病名の知識より、お母さんがいつ帰ってくるのかということです。
大人なら状況を説明されて待てることでも、子どもには先が見えにくい。お母さんに会えた日は安心できても、家へ帰ればまた寂しくなる。姉妹の気持ちは、そうした日々の中で揺れているように見えます。
家族の引っ越しは、お母さんの療養とつながっている
サツキとメイは、お父さんと一緒に郊外の古い家へ引っ越してきます。新しい土地での暮らしが、トトロとの出会いにつながっていきます。
日本テレビの公式作品紹介では、この引っ越しについて、入院中のお母さんに空気のきれいな土地で静養してもらうためと説明されています。
つまり、新しい家は姉妹にとって冒険が始まる場所であり、家族にとってはお母さんを迎える暮らしの場所でもあります。
到着した姉妹は、家の中を探検し、不思議なものを見つけてはしゃぎます。けれど、その楽しさの奥には、お母さんにもこの家で暮らしてほしいという願いがあります。
サツキとメイが新生活を楽しんでいることと、お母さんを恋しく思っていることは、同時に成り立っています。
元気に遊んでいるから寂しくない、とは言い切れへんのよな。楽しい出来事があったからこそ、お母さんにも話したくなる。そんな気持ちが、新しい家と病院の間をつないでいるように感じられます。
サツキとお母さんの関係|しっかり者の姉も、母の前では娘に戻る
サツキは、家で食事の支度をしたり、メイの面倒を見たりします。お母さんが留守の暮らしの中で、家族を支える役割を担っていることが分かります。
ただし、そうした姿だけで、サツキがお母さんの代わりになりたいと考えているとは断定できません。家族のために動く姿と、本人が抱えている気持ちは、分けて見たいところです。
病院でお母さんに髪をとかしてもらう場面では、普段の頼もしい姿とは違う、母親に身を任せる娘としての一面が見えます。
そこでサツキは、成長したら自分の髪も母親のようになるのかと尋ねます。このやり取りは、金曜ロードショー公式Xの投稿でも紹介されています。
髪についての何気ない会話ですが、サツキがお母さんを身近な憧れの相手として見ていることも読み取れそうです。未来の自分を、お母さんの姿に重ねているようにも感じられます。
サツキはメイを支えるお姉ちゃんであると同時に、自分もお母さんに甘えたい娘です。
家では頼られる側でも、病院では髪をとかしてもらう。その小さな変化が、サツキを「いつも強い子」とだけ見てはいけない理由になります。
しっかりしている子にも、誰かに任せたい時間がある。サツキとお母さんの場面には、それを大げさな説明なしに伝える温かさがあります。メイとお母さんの関係|会いたい気持ちが行動になる
サツキがお母さんへの不安を抑えようとする一方、メイは会いたい気持ちを素直に表します。お母さんに帰ってきてほしいという願いが、言葉や行動に直接出てくるのです。
物語後半では、お母さんの一時帰宅が延期になり、メイは強く反発します。事情を説明するサツキの言葉を、すぐには受け入れられません。
このときのメイを、ただわがままだと見ることもできるでしょう。しかし、楽しみにしていた時間が突然なくなった子どもの反応として見ると、違う受け止め方ができます。
大人にとっての「少し先になっただけ」は、幼い子どもにとって同じ意味とは限りません。メイには、その先まで安心して待つための見通しが持ちにくかったのかもしれません。
そしてメイは、お母さんに届けたいトウモロコシを持って、一人で病院へ向かおうとします。
メイはお母さんに何かをしてもらいたいだけでなく、自分もお母さんのために何かをしたいと行動しています。
ただし、母親を思う気持ちがあることと、一人で病院へ行く判断が安全であることは別です。メイが道に迷う展開には、気持ちは強くても、まだ自分の力だけではできないことがあるという幼さも表れています。
お母さんの帰宅延期が、姉妹の不安を表に出す
お母さんが帰ってこられないと分かったとき、サツキとメイはぶつかります。けれど、二人が望んでいることは、お母さんに会いたいという同じ願いです。
違うのは、その気持ちの出し方でしょう。メイは帰宅延期を嫌がり、サツキは事情を分からせようとします。サツキの側には、妹を落ち着かせなければという思いもあったと考えられます。
しかし、サツキ自身も平気ではありません。その後、おばあちゃんの前で泣き、お母さんを失うかもしれないという恐れを口にします。
メイに事情を説明できることと、サツキ自身が安心できていることは、同じではありません。
ここは、サツキの「しっかり者」という印象を考え直したくなる場面です。妹には我慢するよう伝えていても、自分の中では不安が膨らんでいた。姉として振る舞う姿の下に、お母さんを心配する娘の気持ちがあります。
姉妹の言い争いは、仲が悪くなったから起きたというより、同じ不安を抱えながら互いを受け止める余裕を失った場面とも読めます。
二人ともお母さんが大好きなのに、その気持ちが強いほど、目の前の相手にきつく当たってしまう。そこが、なんとも切ないんよな。
病院の最後の場面|お母さんも娘たちを思っている
終盤、サツキとメイはネコバスで病院へ向かい、木の上からお父さんとお母さんの様子を見ます。そこで描かれるのは、姉妹が恐れていた最悪の事態ではなく、夫婦が会話する姿です。
お父さんとお母さんの会話からは、今回の一時帰宅の延期が、お母さんの命に関わる急変ではなかったことが分かります。
ただし、これをもって病気が完全に治ったとまでは言えません。映画がこの場面で示しているのは、姉妹の大きな不安を和らげる状況です。
お母さんは、サツキとメイが木の上で笑っていたように感じたことをお父さんに話します。窓辺には、メイが届けたかったトウモロコシが置かれています。
この場面では、娘たちがお母さんを思っているだけでなく、お母さんも離れた娘たちの存在を心に留めていることが伝わってきます。
お母さんが実際にどこまで二人を見たのか、ネコバスの存在に気づいたのかは、ここで明確に説明されていません。親子の気持ちが通じたように感じられることと、不思議な出来事の仕組みが確定していることは分けて考えたいところです。
直接顔を合わせて抱き合う場面ではなくても、元気そうな姿を見て、届けたかったものを届けられる。それだけで姉妹の表情が変わるところに、この再会の温かさがあります。
お母さんの不在を、家族と周囲の人が支えている
入院中のお母さんは、家で姉妹の世話をすることができません。その間の暮らしは、お父さんやサツキ、近所のおばあちゃんたちによって支えられています。
サツキが泣いたときに受け止めるおばあちゃんや、メイが行方不明になったときに捜してくれる人たちの存在は、母親がいない時間を姉妹だけで耐えているわけではないことを示しています。
それでも、お母さんに会いたい気持ちまで、周囲の人がすべて埋められるわけではありません。助けてもらえることと、寂しさがなくなることは別です。
だからこそ、母親への思いを「寂しくても強くなればよい」という話にまとめるのは、少し違うでしょう。サツキには泣いて支えてもらう時間があり、メイには一人ではできないことがあります。
姉妹が成長する姿は、誰にも頼らなくなる姿として描かれているわけではありません。
お母さんを待つ日々の中で、自分たちの力でできることが増える。それと同時に、助けてくれる人の力も借りる。この両方が、家族の暮らしを支えているように見えます。
まとめ|お母さんは、離れていても姉妹の心の中心にいる
『となりのトトロ』のお母さんは、七国山病院で療養しているサツキとメイの母親です。声は島本須美さんが担当し、映画本編では具体的な病名を明言していません。
サツキにとっては、家族を支える役割から少し離れ、娘として甘えられる相手です。メイにとっては、会いたくてたまらない相手であり、自分も元気になってもらうために何かをしたいと思う存在です。
お母さんの入院は姉妹に不安を与えますが、お見舞いや終盤の病院の場面には、離れていても続いている親子のつながりが描かれています。
森で遊ぶ楽しさも、お母さんを待つ寂しさも、二人の暮らしの中にあります。お母さんとの関係に目を向けると、サツキの頑張りやメイの行動が、家族と一緒に過ごしたいという願いにつながっていることが見えてきます。

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