『となりのトトロ』サツキのお弁当の中身は?家族を支える朝の場面

『となりのトトロ』で、サツキが朝に作っているお弁当。ご飯の上に小さな魚がのっていて、ピンク色のものと緑の豆が添えられています。「あのピンク色は何?」「魚はメザシ?」と、中身が気になった方もいるのではないでしょうか。

サツキのお弁当は、白いご飯に梅干し、小さな焼き魚、ピンク色のでんぶ、緑色の豆を合わせたものです。魚はメザシ、ピンク色のものは桜でんぶとして紹介・再現されています。

ただし、映像だけで緑の豆の種類や味付けまで判断するのは難しいところです。「うぐいす豆」「塩ゆでした豆」など、再現する人によって解釈が異なるため、ここでは画面から分かることと、料理としての再現を分けて整理します。

そして、この場面で注目したいのは、お弁当の中身だけではありません。サツキは学校へ行く前に、自分だけでなく、お父さんとメイの分も用意しています。小さなお弁当箱の中に、草壁家の暮らしと、姉としてのサツキの役割が見えてくるんです。

この記事では、お弁当の具材を確認したうえで、家族を支える朝の場面をどう受け取れるのか考えていきます。お弁当の場面と、母親の入院に関する設定に触れます。

『となりのトトロ』サツキのお弁当の中身は?

お弁当は、ご飯を中心にしたシンプルな組み合わせです。おかずが何種類も詰まっているわけではありませんが、白、赤、ピンク、緑と色が分かれていて、中身が印象に残ります。

画面に見えるもの具材の説明と確認上の注意
白いご飯お弁当の土台。上に魚や梅干しなどがのっています。
赤い梅干しご飯の上に添えられた、赤い丸い具材です。
小さな焼き魚一般にメザシとして紹介・再現されています。
ピンク色のでんぶ桜でんぶとして紹介・再現されています。
緑色の豆豆であることは分かりますが、種類や味付けは映像だけでは確定しにくい部分です。

具材の名前を全部説明するセリフがあるわけではないため、見た目から読み取れる情報にも限界があります。特に豆については、再現レシピの材料を、そのまま映画の確定設定として扱わないほうがよいでしょう。

ピンク色のものは桜でんぶ

ご飯の上にあるピンク色のものは、桜でんぶとして知られています。細かくほぐした魚の身などを甘く味付けしたもので、お寿司やお弁当に使われる食材です。

鮭の切り身のような大きな形ではなく、細かなものがまとまって、ご飯の一角をピンク色にしています。その明るい色が、魚とご飯を中心にしたお弁当のアクセントになっています。

ただし、サツキが桜でんぶを一から作ったかどうかは、あの場面だけでは分かりません。お弁当を用意する姿と、すべての具材を手作りすることは別です。手際のよさを説明するために、描かれていない調理まで付け加える必要はありません。

魚はメザシとして知られる小さな焼き魚

ご飯の上に横たわっているのは、頭と尾のついた小さな魚です。サツキのお弁当を紹介する記事や再現料理では、メザシが使われています。

魚が丸ごとのっているので、今のお弁当を想像すると、少し意外に感じるかもしれません。けれど、何が入っているのかひと目で分かる、飾りすぎないお弁当でもあります。

ここで「昔のお弁当は必ずこうだった」と広げてしまうと、映画の一場面から時代全体を決めつけることになります。まずは、草壁家のその朝に、こういうお弁当が用意されていたと受け止めるのが自然です。

緑色の豆は、種類まで断定しない

緑の豆を「枝豆かな?」「グリンピース?」と思った方もいるでしょう。再現レシピには、うぐいす豆を使うものも、塩ゆでしたえんどう豆などを使うものもあります。

豆の種類だけでなく、甘く煮てあるのか、塩味なのかによっても、お弁当の味は変わります。ただ、完成した映像から、その違いまで確かめることはできません。

そのため、映画の中身を説明するときは「緑色の豆」とし、自宅で再現する場合には、どのレシピを参考にするかによって材料を選ぶ。この分け方なら、作品の説明と料理の工夫を混同せずに済みます。

なお、主婦の友社の刊行案内では、『子どもりょうり絵本 ジブリの食卓 となりのトトロ』に、サツキのお弁当が登場すると紹介されています。再現料理に関心がある方は、主婦の友社による料理絵本の紹介も確認できます。料理絵本で紹介される再現方法と、映画で直接確認できる描写は、分けて読むと分かりやすくなります。

サツキは誰のお弁当を作っている?

サツキが用意しているのは、自分、お父さん、メイの三人分のお弁当です。学校へ持っていく自分の分だけを詰めているのではありません。

お母さんが入院している草壁家では、お母さんが家にいない状態で、毎日の生活を続ける必要があります。お弁当を作る朝の場面は、その暮らしの一部分です。

大きな出来事が起きていなくても、朝は来るし、お腹もすく。学校へ行く準備と、家族の食事の用意が、同じ時間の中で進んでいきます。物語の設定を説明するだけでなく、家族が実際に暮らしている感じが伝わる場面なんですね。

ここでサツキの手際のよさに目が向きますが、同時に見えてくるのは、自分の予定に加えて、家族の分も考えて動いていることです。お弁当箱が三つあるだけで、サツキが担っている役割の大きさが伝わります。

「しっかりしたお姉ちゃんやな」で終わらせることもできます。ただ、もう一歩考えると、そのしっかりした姿の中に、母親が不在の暮らしを支えようとする子どもの姿も見えてきます。

もちろん、サツキがどこまで義務感を持っているのか、どこまで料理を楽しんでいるのかは、この場面だけで断定できません。家族のために動くことが、すべて我慢だとも限らないでしょう。

だからこそ、この朝を読むときには、サツキの頼もしさと、まだ子どもであることの両方を覚えておきたいところです。家族を支える姿を見て、その役割がサツキにとって何を意味するのか。そこが、お弁当の中身からもう少し先へ進んだ、この場面の大切な問いになっています。お弁当を作る朝の場面から分かる、サツキの家族への気配り

サツキのお弁当作りは、特別なごちそうを用意する場面ではありません。家族がその日のお昼に食べるものを、朝のうちに整えています。

この「お昼の分まで考えておく」という行動に、サツキの気配りが表れていると考えられます。自分が学校へ行ったあとにも、お父さんとメイの時間は続いていく。その先に必要な食事を、先に用意しているわけです。

お弁当は、食べるときに作った人がそばにいなくても役に立ちます。台所でのひと仕事が、数時間後の家族の食事につながる。そう考えると、三つのお弁当箱は、サツキが家族それぞれの一日を気にかけているようにも見えます。

ただし、これは行動から読み取れる解釈です。サツキ自身が「家族の一日を支えたい」と気持ちを説明しているわけではありません。大げさな決意の言葉がなくても、何をしているかによって人物が伝わるところが、この場面のよさでしょう。

メイの分もあることが、姉妹の関係を伝えている

サツキとメイは、同じ家で暮らしていても、一日の過ごし方が違います。サツキには学校があり、メイはまだ幼い子どもです。

その違いがあるなかで、サツキはメイの食事も用意しています。姉妹がいつも一緒に行動するわけではなくても、メイの暮らしがサツキの朝の仕事の中に含まれているんですね。

ここからは、サツキが妹を身近な存在として気にかけていることが読み取れます。一方で、メイの世話をすることによって、サツキ自身の時間にも家族の用事が入ってきます。

家族を大切にする気持ちと、自分の時間を持つこと。その両方をどう成り立たせるかという問題が、日常の小さな場面に重なって見えるのではないでしょうか。

「しっかりしたお姉ちゃん」だけでサツキを見ない

お弁当を作るサツキは頼もしく見えます。ただ、料理ができることと、いつでも気持ちに余裕があることは同じではありません。

家族の役に立てる子どもにも、誰かに頼りたい気持ちはあり得ます。お弁当作りの上手さだけで、サツキの心まで大人になっていると考える必要はありません。

これは、お弁当の場面に悲しい意味が隠されているという断定ではありません。サツキは家族のために料理をすることを、うれしく感じているかもしれませんし、慣れた仕事として進めているのかもしれません。

ただ、「できるから任せても大丈夫」と受け取ってしまうと、その人がまだ支えを必要としている可能性を見落とします。サツキの場合も、手際よく動く姿と、母親の帰りを待つ子どもの立場は、同時にあるものです。

「ちゃんとできてるから、平気なんやろ」とは限らへんのよな。そういう視点を持つと、三人分のお弁当を作る姿への見方も、少し変わってきます。

この場面だけで、父親の役割まで決めつけない

サツキがお弁当を作っているからといって、「父親は何もしていない」「家事はすべてサツキが担っている」とまでは言えません。

映画で見えるのは、草壁家の暮らしの一部です。この朝にサツキが食事を用意していることは分かりますが、家族全員の家事分担を、毎日の記録のように確認できるわけではありません。

母親が入院している状況で、家族がどのように暮らしを続けるのか。その中でサツキが役割を担っている、と読むことはできます。けれど、誰か一人を責めるために、描かれていない生活まで補ってしまうのは避けたいところです。

この場面から考えたいのは、サツキの働きを当然のものとして流さず、家族の生活を支える行動として見ることです。それなら、映像にあるものから無理なく考察を広げられます。

サツキのお弁当が印象に残るのは、暮らしの手触りがあるから

お弁当の中身は、ひとつひとつの形が分かりやすい組み合わせです。ご飯の上の魚、赤い梅干し、ピンク色のでんぶ、緑色の豆。それぞれの色と位置が、お弁当箱の中に収まっています。

料理の説明を長くしなくても、見る側は「これをふたで閉じて、あとで食べるんだな」と想像できます。食べ物が飾りとして置かれているだけでなく、その日の生活につながっているところが大切です。

しかも、サツキは学校へ行く子どもです。家族の食事を用意したあとに、自分の一日が始まる。そのつながりによって、台所の場面が人物紹介にもなっています。

「この子は家族の中で、こんなふうに動いているんだ」と分かるから、お弁当だけを切り離して見るよりも、場面に厚みが生まれるのでしょう。

おいしそうなものを見つける楽しさと、その料理を用意している人の暮らしを考えること。サツキのお弁当には、その二つの入口があります。

まとめ|サツキのお弁当には、家族の一日を支える姿がある

『となりのトトロ』でサツキが用意するお弁当は、白いご飯に梅干し、小さな焼き魚、ピンク色のでんぶ、緑色の豆を合わせたものです。魚はメザシ、でんぶは桜でんぶとして紹介・再現されていますが、豆の種類や味付けは映像だけでは確定しにくい部分です。

そして、サツキが作っているのは、自分、お父さん、メイの三人分。学校へ行く前の朝に、家族のお昼まで用意しています。

この場面は、お弁当の中身を楽しめるだけでなく、サツキが家族の生活を支える役割を担っていることも伝えています。

その頼もしさを認めながら、まだ子どもであることも忘れずにいたい。「作ってもらう側は、この朝のひと仕事をどう受け止めるやろ」と考えると、小さなお弁当箱から、家族の支え合いまで見えてきます。

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