『崖の上のポニョ』の主人公には、ポニョとは別の名前があります。それが「ブリュンヒルデ」です。
父親のフジモトがそう呼ぶので、「ポニョが本当の名前じゃなかったん?」と気になった方もいるのではないでしょうか。
ポニョの本名はブリュンヒルデ。「ポニョ」は、海辺で出会った宗介がつけた名前です。別々の登場人物ではなく、同じ女の子を指しています。
ただ、二つの名前を知ると、呼び名の違いだけでは終わらない面白さも見えてきます。父が呼ぶ名前と、宗介がつけた名前。そして、本人が自分をどう呼ぶか。その違いには、ポニョが誰と一緒にいたいのかという気持ちも重なって見えるからです。
この記事では、本名と呼び名の関係を整理しながら、ブリュンヒルデという名前の由来、ポニョという名前を本人が選ぶ意味について考えていきます。
※ここから『崖の上のポニョ』の物語の一部に触れます。
ポニョの本名はブリュンヒルデ
映画の中で、父親のフジモトはポニョを「ブリュンヒルデ」と呼びます。宗介と出会う前から、彼女には別の名前があったわけです。
本名については、日本テレビの「金曜ロードショー」公式アカウントでも紹介されています。そこで、ブリュンヒルデという名前の由来も説明されています。
ここで整理しておきたいのは、ブリュンヒルデが魚の姿だけの名前で、ポニョが人間の姿だけの名前というわけではないことです。
宗介は、まだ魚の姿をしている彼女にポニョと名づけています。そのため、二つの呼び名を「変身前と変身後の名前」として分けると、物語の流れと合わなくなってしまいます。
違うのは姿よりも、その名前を使う相手や、名前が生まれた関係です。フジモトにとってのブリュンヒルデと、宗介にとってのポニョ。呼び方の違いから、彼女が海の家族と人間の世界の両方につながっていることが見えてきます。
「本名だから、ブリュンヒルデだけが正しい」とは言い切れない
名前を説明するときには、本名と呼び名を分けると分かりやすくなります。ただ、作品を読むうえでは、本名のほうだけが大切だと考える必要はないでしょう。
なぜなら、ポニョ本人が、宗介につけてもらった名前を自分の名前として使っているからです。父がブリュンヒルデと呼ぶ一方で、彼女は自分をポニョとして示します。
ここには、単に短くて呼びやすい名前を気に入ったという以上の意味も読み取れます。宗介と出会い、その相手に呼ばれた名前が、本人にとって大事になっているように見えるのです。
誰かが知っている自分と、自分がこうありたいと思う自分。その二つが、必ずしもぴったり重なるとは限らない。名前という小さな違いに、そんな気持ちが表れているとも考えられます。
「ポニョ」と名づけたのは宗介
宗介は、海辺で出会った小さな魚の女の子に、ポニョという名前をつけます。このとき、彼はブリュンヒルデという本名を知っていて、別の名前に変えようとしたわけではありません。
宗介にとってポニョは、目の前で出会い、助けた相手につけた名前です。最初から彼女の家族や海での暮らしを理解していたわけではなく、出会ったところから二人の関係が始まっています。
この順番は、名前を考えるうえで大切です。宗介は本名や素性を確認してから彼女を大切にしたのではありません。まず相手を助け、名前をつけ、関わっていく。その後に、彼女が普通の魚ではないことが分かっていきます。
名前や肩書きより先に、目の前の相手との関係がある。そう受け取ると、ポニョという呼び名にも、二人が出会った時間が詰まっているように感じられます。
宗介がつけた名前を、ポニョ自身も使っている
宗介だけが一方的にポニョと呼んでいるなら、それは宗介にとっての呼び名にとどまるかもしれません。ところが、彼女自身も自分をポニョと呼びます。
そこに、この名前の大事なところがあります。宗介からもらった名前が、本人にとっても「自分の名前」になっているのです。
もちろん、それだけで父親への愛情がないとか、海の家族をすべて否定しているとまでは言えません。名前への反応から、家族への気持ち全体を決めつけるのは行きすぎでしょう。
ただ、宗介と出会ったことで、彼女の中に新しく大切なものができた。その変化は、ポニョという名前を自分でも使う姿に重なって見えます。
呼んでもらえてうれしい名前がある、というのは分かる気がするんよな。同じ自分を呼ぶ言葉でも、誰が、どんな関係の中で呼んでくれるのかによって、響き方は変わるのかもしれません。
ブリュンヒルデの由来はワーグナーの『ワルキューレ』
ブリュンヒルデという名前について、金曜ロードショー公式は、ワーグナーのオペラ『ワルキューレ』に登場する、九人のワルキューレの一人である長女ブリュンヒルデに由来すると紹介しています。
かわいらしいポニョという呼び名から考えると、ずいぶん印象の違う由来です。日常の中で親しみやすく響く名前と、神話的な世界につながる名前。その両方を持っているところに、ポニョという存在の不思議さがあります。
ただし、名前の由来が分かることと、映画のすべてをオペラに当てはめて説明できることは別です。
由来だけを根拠に、ポニョの役割や結末、登場人物の正体まで断定することはできません。まずは「ブリュンヒルデという名前には、こうした背景がある」と押さえるのがよいでしょう。
そのうえで注目したいのは、立派な由来を持つ名前がある彼女が、宗介からもらったポニョという名前を大切にしていることです。ここからは、父が呼ぶ名前と本人が選ぶ呼び名の違いを、親子の関係という視点でもう少し考えていきます。フジモトが呼ぶ名前と、ポニョが望む呼び名の違い
フジモトがブリュンヒルデと呼ぶ場面は、親と子で見ているものが少し違う場面としても受け取れます。
父にとっては、もともと知っている娘の名前です。一方、ポニョには、宗介との出会いによって大切になった呼び名があります。同じ女の子の話をしていても、父はこれまでの娘を見ていて、本人は新しく始まった関係に気持ちを向けている。そんなすれ違いが見えるのです。
ただし、フジモトが本名で呼ぶこと自体を、娘を支配したい証拠と決めつけることはできません。親が以前からの名前で子を呼ぶのは自然なことですし、その呼び方だけでは、父の気持ちのすべては分かりません。
大切なのは、名前の正しさを争うことよりも、本人が別の呼び名を望んでいる点でしょう。フジモトにとって当然だったことが、娘にとっても同じとは限らなくなっている。その変化が、名前をめぐるやり取りに表れているように見えます。
親が知っている子どもと、子どもが選び始めた自分
親は子どものことを長く知っています。それでも、家の外で誰と出会い、何を好きになったのかまでは、すべて知ることができません。
ポニョという名前も、フジモトの知らないところで生まれた、宗介とのつながりです。父がその名前を知らなくても、本人にとってはすでに大切なものになっています。
ここを親子の物語として読むなら、名前の違いは、子どもの中に親の知らない世界ができたことを示しているとも考えられます。
親からすれば心配でも、子どもからすれば、自分で見つけた大事な関係かもしれない。どちらかの気持ちだけで片づけにくいところなんよな。
もちろん、これは呼び名と物語の流れを重ねた考察です。映画が、ブリュンヒルデという名前に親の束縛という意味を明示しているわけではありません。
ポニョという名前は「自分で選ぶこと」にもつながる
少し面白いのは、ポニョという名前そのものは、本人が考えたものではないことです。名づけたのは宗介です。
それでも、彼女はその呼び名を自分のものとして使います。つまり、誰かにもらった名前でありながら、本人が受け入れた名前でもあるわけです。
自分で選ぶことは、何もかも一人で作り出すこととは限りません。誰かとの出会いで生まれたものを、自分の意思で大切にする。ポニョの呼び名には、そんな選び方も重なって見えます。
宗介のそばに行きたいという気持ちと、ポニョと名乗ること。その二つを合わせて考えると、この名前は、彼女が望むこれからの暮らしにつながる呼び名とも受け取れるでしょう。
ただ、そこから「昔の名前を捨てれば自由になれる」という結論にする必要はありません。ブリュンヒルデという名前も、海の家族とのつながりも、彼女が生きてきた背景です。
以前からの自分がいるうえで、新しく大切にしたいものができる。二つの名前は、そうした変化を考える入り口にもなっています。
名前の由来から、どこまで読み取ってよい?
ブリュンヒルデがオペラに由来すると知ると、その登場人物の運命とポニョの物語を比べたくなるかもしれません。
作品同士の共通点を探すことは、考察の楽しみ方の一つです。ただし、名前の由来として確認できることと、その由来から想像した解釈は分けておく必要があります。
今回確認できた公式の紹介は、ポニョの本名がブリュンヒルデであり、その名がワーグナーの『ワルキューレ』に登場する人物に由来するというものです。
出典:金曜ロードショー公式X:ブリュンヒルデという名前の由来
この情報だけで、ポニョの行動すべてにオペラと同じ意味があるとか、映画の出来事が神話の展開と一致するとまでは言えません。また、作中のフジモトがどのような願いを込めて名づけたのかも、名前の由来の紹介だけでは確定できません。
「制作上、何をもとにした名前なのか」と、「物語の中で父が何を考えていたのか」は、似ているようで違う疑問です。
背景を知ることで想像は広がりますが、まず目を向けたいのは、映画の中で本人がどう呼ばれ、どう名乗っているか。その具体的なやり取りを出発点にしたほうが、ポニョ自身の気持ちを考えやすいのではないでしょうか。
まとめ|ブリュンヒルデとポニョは、同じ女の子の二つの名前
『崖の上のポニョ』の主人公の本名はブリュンヒルデで、ポニョは宗介がつけた名前です。魚と人間で名前が分かれているわけではありません。
ブリュンヒルデの由来は、ワーグナーのオペラ『ワルキューレ』に登場する人物。ここは公式に紹介されている情報です。一方、二つの名前に親子のすれ違いや、自分の生き方を選ぶ気持ちを見ることは、作品の描写から広げた考察になります。
名前をめぐる場面で注目したいのは、本名があることだけでなく、本人がポニョという呼び名を大切にしていることです。
宗介からもらった呼び名を、自分でも使う。その姿には、出会った相手とのつながりを、自分の意思で受け入れる気持ちが見えます。
本名を知ったあとで、あらためてポニョという短い名前に目を向けると、そこに二人の出会いが残っていることに気づきます。名前の長さや由来の立派さだけでは測れない大切さが、この呼び名にはあるのかもしれません。

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