『風立ちぬ』に登場する飛行機の音は、人の声で作られているのでしょうか。機械の音だと思って聞いていたものに人の声が使われていると知ると、どんな方法で録音したのかも気になります。
『風立ちぬ』では、飛行機などの効果音に人の声を使っています。宮崎駿監督の提案から生まれた試みで、実物の音を忠実に再現することだけを目指した音づくりではありません。
ただし、「映画の音がすべて人の声」「宮崎監督が一人で効果音を担当した」という意味ではありません。登場人物のセリフ、効果音、音楽を分けて考えると、この作品の工夫が分かりやすくなります。
この記事では、鈴木敏夫プロデューサーの会見での説明とジブリ公式情報をもとに、人の声を使った理由や、音づくりの特徴を紹介します。物語の結末には触れません。
『風立ちぬ』の飛行機の効果音には人の声が使われている
2013年6月に行われた『風立ちぬ』の中間発表会で、鈴木敏夫プロデューサーは、飛行機などの音を人間の声で作っていることを説明しました。
会見を直接取材したマイナビニュースには、その発想が宮崎駿監督の提案だったことも記されています。
出典:マイナビニュース「効果音は人間の声で再現、関東大震災を描いた理由―鈴木Pと瀧本美織が語るジブリ最新作『風立ちぬ』秘話」
また、同じ会見を報じたアニメ!アニメ!は、すべてではなく、いくつかの飛行機などの効果音を人の口で表現していると伝えています。
出典:アニメ!アニメ!「『風立ちぬ』中間報告会見 ヒロイン菜穂子役に瀧本美織」
確認できるのは、効果音に肉声を取り入れているということです。作品中のあらゆる音を、例外なく声だけで作ったと広げて説明しないことが大切です。
声優のセリフと、声で作る効果音は別のもの
「人の声を使っている」と聞くと、登場人物を演じる声優が、セリフの合間に飛行機の音まで出しているように想像するかもしれません。
しかし、セリフと効果音では役割が違います。セリフは登場人物の言葉や感情を伝え、効果音は機械の動きや周囲の出来事などを音で表します。
効果音に声を使う場合、人の口や喉から出た音が、画面の中の物や現象を表す素材になります。「誰かが話している声」として聞かせることが目的ではないわけです。
例えば、口でエンジンのような音をまねすると、息の出し方や口の形で響きが変わります。これは仕組みをイメージするための例ですが、声にも、言葉を話す以外の使い方があることが分かります。
なぜ実物の音だけでなく、人の声を使ったのか
飛行機の映画なら、本物のエンジン音を録音すればよいのではないか。そう考えるのも自然です。
この疑問について、鈴木プロデューサーの説明が手がかりになります。会見では、音の再現を追求するうちに、実物の音を求める方向へ進んでいく制作のあり方に触れています。
そのうえで重視されたのが、画面の中で、それらしい音として伝わることでした。そこで宮崎監督から、人の声を使う方法が提案されたと説明されています。
現実に正確な音と、映像に合う音は同じとは限らない
ここからは、その説明を踏まえた考察です。
映画の音は、現実の出来事の記録である場合もあれば、映像に合わせて新しく作られる場合もあります。特にアニメーションでは、描かれたものにどんな音を与えるかを選ぶ必要があります。
実際の機械を録音した音であっても、画面の動きや距離感に合うとは限りません。反対に、現実とは違う方法で作った音が、映像と組み合わさることで自然に感じられる可能性もあります。
例えば、同じ音でも、映像より早く鳴るか、動きと同時に鳴るかで受ける印象は変わるでしょう。音の素材そのものに加えて、どのタイミングで、どんな大きさで聞かせるかも関わるからです。
「本物を使ったから正解」とは言い切れへんところが、映画の面白さなんよな。作り物の絵に、別の場所で作った音を合わせて、一つの出来事に感じさせる。その組み合わせにも表現があると考えられます。
人の声を使うこと自体が、目的ではない
声で作ったと知ると、どの音が肉声なのかを当てたくなるかもしれません。それも楽しみ方の一つですが、声だと見抜けるかどうかだけが、この工夫の価値ではないでしょう。
機械が動いている感じが伝わるか。画面の勢いに合っているか。セリフや音楽と一緒に聞いたとき、どんな印象になるか。見る側が受け取るのは、そうした映像と音のまとまりです。
声という素材から作られていても、映画の中では飛行機の音として聞こえる。その変化に注目すると、効果音を裏側の作業としてだけでなく、作品を形づくる表現として楽しめます。
宮崎駿監督と鈴木敏夫が効果音を担当する案もあった
会見では、当初、宮崎監督が鈴木プロデューサーと二人で声による効果音を作ろうと提案した、というエピソードも紹介されています。
ただし、その案がそのまま実現したわけではありません。鈴木プロデューサーの説明では、音の専門家に相談した結果、専門家側に任せることになりました。
「声の効果音を提案した人」と「実際に音づくりを担った人」は、分けて捉える必要があります。
この話からは、制作の発想と、それを映画で使える音にする作業の違いも見えてきます。口で音を出すという身近な行為を、長編映画の表現として成立させるには、音を選び、映像に合わせて整える仕事が必要になるわけです。『風立ちぬ』はモノラルの音づくりにも特徴がある
人の声による効果音とあわせて知っておきたいのが、モノラルという音の形式です。
ジブリ公式のサウンドトラック発売案内には、映画で使用された音楽はすべてモノラル音源であると明記されています。一方、通常のサウンドトラックCDはステレオ録音商品として案内されています。
出典:スタジオジブリ「『風立ちぬ』サウンドトラックCD発売のお知らせ」
つまり、映画本編の音楽と、サウンドトラックCDの音楽では、音の形式に違いがあります。CDがステレオだからといって、映画も同じ形式だと考えないことがポイントです。
モノラルとステレオは何が違う?
基本的な違いは、音声のチャンネル数です。モノラルは一つのチャンネル、ステレオは左右の二つのチャンネルで音を扱います。
ステレオでは、左右で異なる音を使い、音の位置や広がりを表現できます。モノラルでは、左右の違いによる広がりとは別の方法で、音の重なりや響きを伝えることになります。
ただし、モノラルだから音が一種類しか鳴らないわけではありません。セリフも効果音も音楽も、一つのチャンネルの中に重ねられます。
また、モノラルという形式だけで、音質の良し悪しが決まるわけでもありません。録音した音の状態や、音量の調整、再生する機器なども聞こえ方に関わります。
人の声を使うことと、モノラルで仕上げることは別の選択
ここで整理しておきたいのは、肉声とモノラルが、それぞれ違う内容を指す言葉だということです。
肉声は、音を作るために使う素材の話です。モノラルは、完成した音をどのようなチャンネル構成で扱うかという話になります。
人の声はステレオでも録音できますし、実物のエンジンを録音した音をモノラルで使うこともできます。
『風立ちぬ』では、声を効果音の素材にする工夫と、モノラルによる音の構成を、分けて理解すると混乱しません。
なお、モノラルを採用した理由を「昔の時代を描くため」とだけ説明するのは慎重でありたいところです。作品の時代設定から受ける印象と、制作者が説明した採用理由は、同じものとは限りません。
効果音に注目して『風立ちぬ』を楽しむには
制作の仕組みを知ったあとなら、飛行機が登場する場面で、音の変化に少し耳を向けてみるのもよいでしょう。
ここからは制作上の確定情報ではなく、鑑賞のための提案です。どの音が誰の声なのかを推測するより、映像と音がどう結びついているかに注目すると、作品の楽しみ方につながります。
音の高さや強さが、動きの印象をどう変えるか
例えば、機械の動きに合わせて音が高くなるのか、低い響きが続くのか。音量が徐々に変わるのか、急に大きくなるのか。そうした違いを聞き分けるだけでも、画面から受け取る勢いを考えやすくなります。
同じ飛行機の映像でも、軽い音と重い音では、機体の大きさや力強さについて違う印象を受けるかもしれません。音は、目に見える形とは別のところから、動きの感じ方に働きかけます。
声で作られたと知っていても、最初から人の声を探そうとしすぎる必要はありません。まずは機械の音として聞き、そのあとで、どんな響きが気になったかを振り返る方法もあります。
効果音だけでなく、セリフや音楽との関係を聞く
映画では、効果音が単独で存在しているわけではありません。人物の声や音楽と一緒に聞こえることで、一つの場面ができています。
機械の音に注意が向く場面もあれば、人物の言葉を聞きたくなる場面もあるでしょう。何が耳に残るかを意識すると、普段は見過ごしていた音の役割に気づけるかもしれません。
ただし、聞こえ方だけから、録音方法や加工の有無を正確に判断することはできません。「息のように感じた」という感想と、「この音には息を録音して使った」という制作情報は、分けて考えたいところです。
人の声による効果音は、手抜きということではない
口で音を出すと聞くと、身近な遊びのように思えるかもしれません。しかし、身近な方法を使うことと、映画の音として成立させることは別です。
これは音づくり全般についての話ですが、映像に合う音を選び、長さや大きさを整え、ほかの音と組み合わせる作業が必要になります。声を使えば、自動的に簡単になるとは言い切れません。
反対に、手間がかかっているから必ず優れている、と決める必要もないでしょう。見る側にとって大切なのは、その音が映像の中でどう働いているかです。
「そんな方法で作ってたんか」と知ってから、もう一度耳を向ける。それくらいの距離感でも、制作の話は十分に面白いんよな。仕組みを知ることで、作品の中に気になる部分が一つ増えるわけです。
まとめ|『風立ちぬ』の効果音は、人の声も使って作られている
『風立ちぬ』では、飛行機などの効果音に人の声が使われています。宮崎駿監督の提案から始まった、映像にふさわしい音を探す試みです。
ただし、すべての効果音が肉声だと断定したり、宮崎監督と鈴木プロデューサーが二人で担当したと説明したりすると、確認できた制作情報とは違ってしまいます。
また、映画音楽のモノラル音源と、通常のサウンドトラックCDのステレオ録音にも違いがあります。音の素材と、音をまとめる形式は、分けて捉えると理解しやすくなります。
飛行機の動きと音がどう重なり、どんな力強さや距離を感じさせるのか。物語を追う視点に耳からの楽しみを加えると、『風立ちぬ』の表現を別の角度から味わえるのではないでしょうか。

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