『崖の上のポニョ』原作はある?宮崎駿の原作と「人魚姫」との関係を整理

『崖の上のポニョ』には、もとになった小説や漫画があるのでしょうか。それとも、アンデルセンの『人魚姫』が原作なのでしょうか。

最初に答えると、『崖の上のポニョ』は、宮崎駿が原作・脚本・監督を担当した映画です。『人魚姫』とのつながりはありますが、その物語をそのまま映画化した作品ではありません。

ここで少しややこしいのが、「原作」という言葉です。「映画より先に出版された本」を探しているのか、「物語を生み出した人」を知りたいのかで、答え方が変わります。

この記事では、まず公式の原作表記を確認し、そのうえで『人魚姫』との関係を整理します。似ている部分と違う部分を分けると、ポニョが自分の意思で人間の世界へ向かう物語も、少し違って見えてきます。

『崖の上のポニョ』の原作は宮崎駿

スタジオジブリの公式作品ページでは、『崖の上のポニョ』の「原作・脚本・監督」に宮﨑駿の名前が記載されています。2008年7月19日に公開された、スタジオジブリの長編アニメーション映画です。

出典:スタジオジブリ公式『崖の上のポニョ』作品情報

そのため、「ポニョの原作者は誰?」という疑問への答えは、宮崎駿です。アンデルセンが、この映画の原作者としてクレジットされているわけではありません。

「原作なし」とだけ説明すると誤解が残る

映画について「原作はある?」と聞くとき、多くの場合は「先に小説や漫画があって、それを映画にしたの?」という意味で使います。

その意味では、『崖の上のポニョ』は既存の小説や漫画を映画化した作品ではなく、宮崎駿によるオリジナルの映画として整理できます。

ただし、それを短く「原作なし」とだけ書いてしまうと、公式に「原作・宮崎駿」と表記されていることと、食い違って見えるんですよね。

「映画化のもとになった既存の小説や漫画はない。ただし、公式の原作担当は宮崎駿」と分ければ、混乱せずに理解できます。

「原作」という言葉は、必ずしも書店で買える一冊の本だけを指すわけではありません。映画の物語を誰が生み出したのかを示す表記としても使われます。

『人魚姫』は原作?ポニョとの関係を整理

では、『人魚姫』とのつながりは、見た人が勝手に想像したものなのでしょうか。

そういうわけでもありません。日本映画データベース「JFDB」の作品紹介では、『崖の上のポニョ』を、アンデルセンの『人魚姫』を現代の日本に舞台を移したファンタジーとして説明しています。

出典:JFDB『崖の上のポニョ』作品紹介

つまり、公式クレジットでは宮崎駿が原作者であり、作品の成り立ちを説明するうえでは『人魚姫』との関係もある、ということです。この二つは矛盾しません。

関係を簡単に整理すると、次のようになります。

知りたいこと答え
映画の原作者は?公式表記は宮崎駿
既存の小説や漫画の映画化?宮崎駿によるオリジナルの映画
『人魚姫』とは無関係?関係があり、JFDBの作品紹介でも言及されている
『人魚姫』と同じ物語?登場人物や展開をそのまま移した映画ではない

「モチーフ」と「原作の映画化」は分けて考えたい

モチーフとは、作品を形づくる題材や、中心となる要素を指す言葉です。もとの作品とつながりがあっても、人物、舞台、出来事、結末まで同じになるとは限りません。

『崖の上のポニョ』については、『人魚姫』をモチーフにしながら、宮崎駿が独自の物語を描いた作品と捉えると、関係を理解しやすくなります。

海に生きる存在が、人間の世界へ向かおうとする。その大きな枠組みには共通点があります。一方で、ポニョと宗介の出会いを、最初から『人魚姫』の登場人物に一人ずつ当てはめる必要はありません。

「宗介は王子の役だから、最後も同じになるはず」と考えると、ポニョの物語そのものより、別の物語の筋書きを追いかけてしまいます。

似ているところを探す面白さはあります。でも、共通点があることと、同じ意味の物語であることは別なんですよね。

ポニョの「人間になりたい」は、宗介と一緒にいたい気持ちにつながる

『人魚姫』との関係を考えるとき、まず注目したいのは、ポニョがなぜ人間になろうとするのかです。

JFDBの紹介でも、ポニョは大好きな宗介と一緒にいるため、人間になろうと決めると説明されています。人間になることだけが独立した目標なのではなく、宗介との出会いが、その願いにつながっています。

出典:JFDB『崖の上のポニョ』あらすじ

ここからは解釈ですが、ポニョの願いは「今の自分では価値がないから、別の存在になりたい」というものより、好きになった相手のいる世界へ、自分から近づいていきたいという動きとして受け取れます。

誰かと一緒にいたいから、自分の暮らす場所を変えたい。その気持ちは分かりやすい一方で、実際に世界を移るとなれば、本人の願いだけで済む話ではありません。

ポニョには海の家族がいて、宗介には人間の暮らしがあります。「好きやから行きたい」という気持ちの先に、周囲との関係がある。その広がりが、ポニョを単なる変身の物語ではなくしています。

だからこそ、『人魚姫』との比較でも「どちらも人間になりたい話」で終わらせず、何のために変わろうとするのか、その願いを相手がどう受け止めるのかまで見ると、違いが見えてきます。

『人魚姫』とポニョの違いは?人間になるまでの道筋を比較

※ここからアンデルセンの『人魚姫』と『崖の上のポニョ』の結末に触れます。

『人魚姫』との関係を知るには、共通する設定だけでなく、人間になるために何を失い、相手とどのような関係を築くのかを見ることが大切です。

なお、ここで比較するのは、アンデルセンの童話『人魚姫』です。ディズニー映画『リトル・マーメイド』の設定や結末とは分けて考えます。

人魚姫は声を失うが、ポニョは気持ちを言葉にする

アンデルセンの『人魚姫』では、人魚の姫は魔女との取引で声を失い、人間の足を得ます。しかし、歩くたびに激しい痛みを感じ、王子に自分の事情を言葉で伝えることもできません。

王子を助けたのは自分だという、大切な事実さえ伝わらない。そばにいるのに、自分を知ってもらえない苦しさが、物語の中にあります。

原典の日本語訳は、青空文庫『人魚のひいさま』(アンデルセン作・楠山正雄訳)で確認できます。

一方、ポニョは宗介への好意や、人間になりたいという願いを、言葉や行動で表します。声を差し出す取引によって人間になる、という展開ではありません。

ここからは考察ですが、『人魚姫』には「伝えたいのに伝えられない」切なさがあり、ポニョには「一緒にいたい」という気持ちが外へあふれ出す勢いがあると受け取れます。

同じように海から人間の世界へ向かっていても、二人の姿が与える印象は、ずいぶん違うんですよね。

『人魚姫』は恋愛だけでなく、魂を求める物語でもある

『人魚姫』を「王子に恋をして、人間になりたかった話」と説明するだけでは、重要な部分が抜けてしまいます。

アンデルセンの童話では、人魚と人間の寿命や魂の違いが語られます。姫が望むのは王子との結びつきだけでなく、人間の持つ不滅の魂を得ることでもあります。

王子は別の姫と結婚し、人魚の姫は海の泡になります。ただし、物語はそこで完全に終わるわけではありません。その後、姫は空気の娘たちの仲間となり、善い行いを通して不滅の魂を得る道が示されます。

そのため、「恋が実らず、泡になって消えるだけの話」と言い切ると、原典の結末を取りこぼしてしまいます。

対して『崖の上のポニョ』では、ポニョが不滅の魂を求めることは、物語の中心として描かれていません。宗介と一緒にいたいという願いと、その願いを実現するための選択が前面に出ています。

ポニョの結末で問われるのは、姿が違っても受け入れられるか

『崖の上のポニョ』の終盤では、宗介が魚や半魚人の姿を含めてポニョを受け入れられるかが確認されます。また、ポニョ自身も、魔法を失って人間になることを選びます。

最後にはポニョが人間の女の子になり、二人が同じ世界で生きる方向へ物語が結ばれます。アンデルセンの『人魚姫』と同じ結末ではありません。

ここで注目したいのは、宗介が、ポニョのもとの姿を知っていることです。

宗介は、人間になった姿だけを見てポニョと出会ったわけではありません。最初に出会った魚の子も、その後に現れた女の子も、同じポニョとして関わっています。

この違いを踏まえると、ポニョの物語は「人間の姿になったから好かれる」という話よりも、もともとの姿を知ったうえで、一緒にいたいと思えるかを確かめる物語として読むことができます。

好きな相手に合わせて自分を変えることと、違いを知りながら相手を受け入れること。その二つは、似ているようで違います。

ポニョは自分の意思で人間になる道を選びますが、宗介は、人間の姿だけを条件にポニョを好きになるわけではない。そこに、この作品ならではの温かさがあるんちゃうかな。

もちろん、これは二つの作品を比べたときに読み取れる解釈です。監督が『人魚姫』を否定するためにこの結末を描いた、とまで断定することはできません。

『崖の上のポニョ』の絵本は原作本ではない

「ポニョの原作を読んでみたい」と本を探すと、『崖の上のポニョ』という題名の絵本が見つかります。ただし、同じ題名の本があることと、その本が映画の原作であることは別です。

たとえば徳間書店の『徳間アニメ絵本 崖の上のポニョ』は、出版社の紹介で映画の絵本化と説明されています。出版年月日は2008年8月5日で、映画公開後に刊行された本です。

出典:徳間書店『徳間アニメ絵本 崖の上のポニョ』

この絵本は、映画より先に物語を生み出した原作本ではなく、映画の物語を本の形で楽しむためのものです。

映画の物語を本でたどりたいならアニメ絵本、ポニョとつながる童話を読みたいならアンデルセンの『人魚姫』というように、目的を分けると選びやすくなります。

まとめ|ポニョは宮崎駿の原作による、『人魚姫』とつながる独自の物語

『崖の上のポニョ』の公式な原作担当は宮崎駿です。既存の小説や漫画を映画化した作品ではなく、原作・脚本・監督を宮崎駿が担当しています。

一方で、『人魚姫』とは関係があり、海に生きる存在が人間の世界へ向かうという共通点があります。ただし、人間になる方法、相手との関係、魂の扱い、結末まで同じではありません。

「原作は宮崎駿。『人魚姫』をモチーフにしながら、独自の人物と展開を描いた映画」と整理すると分かりやすいでしょう。

『人魚姫』とのつながりを知る面白さは、元ネタを見つけることだけではありません。似た願いから始まる物語が、なぜ違う道へ進むのか。そこを比べると、ポニョと宗介が互いを受け入れる姿にも、改めて目を向けられます。

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