『風立ちぬ』効果音は人の声?飛行機や地震の音の作り方

『風立ちぬ』の飛行機や地震の音を聞いて、「今のは人の声なのか?」と気になった人もいるのではないでしょうか。エンジン音の中に、息遣いやうなり声のような響きを感じることがあります。

答えは、飛行機のプロペラ音や関東大震災の地響きなど、さまざまな効果音が人の声をもとに作られています。声に聞こえるのは、聞き間違いとは限りません。制作段階から取り入れられた音の表現です。

ただし、「映画で聞こえる音は、すべて人の声だけ」とまで広げるのは不正確です。音楽、登場人物のせりふ、効果音は役割が異なりますし、声を素材にした効果音についても、個々の制作方法を確認する必要があります。

この記事では、人の声が使われた音の例と、その方法を選んだ理由を、制作関係者の説明をもとに整理します。結末には踏み込まず、飛行機や地震の場面を「音」から見直していきます。

『風立ちぬ』では飛行機や地震の効果音に人の声を使っている

人の声による効果音は、公開前の2013年6月に行われた中間発表会でも紹介されています。鈴木敏夫プロデューサーは、戦闘機などの音を人の声で作っていることを説明しました。

また、日本テレビ「金曜ロードショー」の公式投稿でも、飛行機などの効果音を人の声で作ったことが、本作の聞きどころとして挙げられています。

出典:金曜ロードショー公式X「人の声で作られた効果音」

ここでいう効果音とは、飛行機が動く音や地面が響く音など、画面の出来事を音で表すものです。登場人物が何かを話しているわけではなく、人の声を、機械や風景の音として使っています。

「誰かがしゃべっている」と分かる声と、何の音か分からない響き。その間にあるような音だから、機械音として受け止めながら、人間らしさも感じるのかもしれません。

人の声で表現されているのは、どんな音?

公開当時の制作紹介では、次のような音が、人の声で表現された例として挙げられています。

対象紹介されている音聞くときの注目点
飛行機プロペラ音回転を感じさせる反復や、うなりの響き
蒸気機関車蒸気の音息を吐くような音の勢い
自動車エンジン音動きとともに変わる音の調子
関東大震災地響き地面の大きな動きを感じさせる響き

出典:シネマトゥデイ「まさかの人の声!『風立ちぬ』こだわりの効果音はどこから生まれた?」

表の「注目点」は、音を聞き分けるための視点です。実際の録音でどのように発声したかを、そのまま示したものではありません。

また、地震の場面には、地響き以外にもさまざまな音が重なります。「地響きを声で表現した」という情報から、その場面のすべての音が同じ方法で作られたと決めつけないようにしたいところです。

なぜ本物の機械音ではなく、人の声を選んだのか

宮崎駿監督が提案した音の表現

鈴木プロデューサーの説明によると、人の声で効果音を作る方法は、宮崎駿監督の発案です。

アニメーションでは、画面に機械が描かれていても、その機械の音が撮影時に録れるわけではありません。映像に合わせ、どのような音を付けるかを選び、作っていく必要があります。

その際、本物の音を忠実に再現することへ向かい続けるだけでよいのか。鈴木プロデューサーは、そうした疑問とともに、実物の音であることより、画面の中でそれらしく聞こえることを重視した経緯を語っています。

出典:マイナビニュース「鈴木Pと瀧本美織が語るジブリ最新作『風立ちぬ』秘話」

現実の音を正確に持ち込むことと、描かれた世界に合う音を作ることは、必ずしも同じではない。人の声を使う試みには、そうした音作りの考え方があります。

絵に合う音は、録音の正確さだけでは決まらない

ここからは表現への考察ですが、アニメーションの飛行機は、実機の形をもとにしていても、線や色、動きによって描かれています。そこに付ける音も、現実の録音そのままが唯一の答えとは限りません。

声には、音を伸ばしたり、細かく震わせたり、勢いを変えたりできる特徴があります。そうした表現を、画面の動きに合う効果音として使うことで、機械の動きや重さを伝えられると考えられます。

本物に近ければ近いほど、必ず映像になじむんやろか。そう考えると、人の声を使う方法は、単なる変わった仕掛けではなく、絵と音の関係を選び直す試みとして見えてきます。

宮崎監督と鈴木プロデューサーが全部の音を出したわけではない

制作発表会には、少し意外な裏話もあります。鈴木プロデューサーによると、宮崎監督は当初、監督と鈴木プロデューサーの2人で効果音を担当する案を出したそうです。

しかし、最終的には音の専門家に任せたと説明されています。つまり、「人の声で作った」という話と、「監督とプロデューサーがすべて声を出した」という話は別です。

公式の放送解説では、収録が10人以下のスタッフで行われたことや、音響演出の笠松広司さんが制作に関わったことも紹介されています。

声を素材にするといっても、思いついた擬音をそのまま録れば完成するわけではありません。どの響きが画面に合うのかを判断し、映画の音として成立させる仕事があります。

身近な声から、飛行機や地震の音が生まれる。その間にどのような工夫があるのかを知ると、耳を向ける場所も変わってきます。声を効果音にする作業は、長編映画でも成立するのか

音響演出を担当した笠松広司さんは、後年のインタビューで、制作当初は不安もあったと振り返っています。音響の専門家であっても発声の専門家ではなく、120分を超える映画を、この方法で支えられるかという問題があったからです。

手応えを感じたのは、冒頭約10分の映像を使ったパイロット版を制作したときだったそうです。宮崎監督の目指す表現に近づけたことから、実現の見通しが立ったと説明しています。

出典:クリエイターズステーション「音で作品を支える音響効果に求められるモノ」笠松広司さんインタビュー

つまり、声を使うという発想だけで、すぐに完成形が決まったわけではありません。まず映像に音を付けて、作品の中で成立するかを確かめる段階がありました。

人の声を出せることと、その声を映画の効果音として機能させることは別の技術です。面白い方法だから採用するだけでなく、長い物語の中で聞き続けられるか、映像を支えられるかまで問われた試みだったのでしょう。

飛行機の音は、回転や力の変化に注目すると面白い

飛行機の音に耳を向けるなら、「人の声だと分かるか」だけでなく、画面の動きと音がどう合っているかに注目すると、楽しみ方が広がります。

例えば、プロペラが回る場面では、音の繰り返しが回転をどう感じさせているか。機体が動き出す場面では、音の勢いや調子がどう変わるか。そうした点を意識すると、音が動きの印象を支えていることに気づきやすくなります。

これは鑑賞するときの視点であり、個々の音を録音した具体的な手順を示すものではありません。実際に何回録り、どう編集したかなど、確認できない工程を想像で補うことはできません。

ここからは表現への考察ですが、人の声をもとにした響きには、機械が息をしているような印象を受ける余地があります。飛行機がただ移動する物体ではなく、力をため、動き出す存在のように感じられるかもしれません。

ただ、それを「飛行機に命があるという監督のメッセージ」とまで断定する必要はありません。聞き手が音から受け取れる印象の一つとして考えるのがよいでしょう。

地震の音が不気味に感じられるのはなぜ?

関東大震災の場面では、地響きにも人の声が使われています。飛行機なら動いているものの姿が見えますが、地響きは地面の下や、画面の外まで広がる現象を音で感じさせます。

そのため、同じ「声を使った音」でも、受ける印象は異なります。飛行機では動力や躍動感として聞こえた響きが、地震では、何か巨大なものが動いているような不安につながることもあるでしょう。

聞き慣れた機械音や振動音だけでは説明しにくい響きに、人の声に近い感触が混ざる。そのために、音の正体をつかみにくく感じる、という読み方もできます。

地響きを「人々の叫び」や「死者の声」とする設定が確認できたわけではありません。声を素材にした制作方法と、その音に感じる意味は分ける必要があります。

何の音か分からないのに、何かが迫ってくることは伝わる。そういう響きは、単に大きな音を鳴らすのとは違う怖さにつながるのかもしれません。

声で作っていると知ったら安心するかと思えば、かえって不思議に聞こえることもありそうなんよな。身近な人間の声が、自分では止められない大きな現象を表している。その距離が、この場面の音を考える手がかりになります。

人の声の効果音には、短編『やどさがし』という先行例がある

宮崎監督が人の声による効果音を試したのは、『風立ちぬ』が最初ではありません。

笠松さんはインタビューで、2006年の短編アニメーション『やどさがし』でも、タモリさんと矢野顕子さんの声による効果音が使われていたと説明しています。

『風立ちぬ』は、その発想を長編映画で展開した作品と捉えられます。短編で試した方法を、飛行機、車、蒸気機関車、地震などが登場する物語へ広げたわけです。

ただし、両作品の音作りが、細かな工程まで同じだったと決めつけることはできません。参考になるのは、声を効果音として使う発想が、以前の作品から続いているという点です。

「リアルな時代を描く映画だから、音も実物の録音に近づけるはず」という予想に対して、別の方法を選んでいるところが興味深いですね。描かれた世界を信じられることと、素材が現実そのままであることは、必ずしも一致しません。

効果音を楽しむときは、声探しだけに集中しなくていい

仕組みを知ると、つい「ここも声かな」と探したくなります。それも楽しみ方の一つですが、音の正体をすべて当てる必要はありません。

むしろ、音が鳴ることで、飛行機の動きが軽快に見えるのか、重く感じるのか。地震の場面で、画面の外まで世界が広がって感じられるのか。そうした映像との関係に目を向けると、効果音の役割が見えてきます。

また、声らしさに親しみを感じる人もいれば、違和感を覚える人もいるでしょう。制作上の狙いを知ったからといって、自分の聞こえ方を無理に変える必要はありません。

「声だと気づいた瞬間、場面から少し離れてしまった」「仕組みを知って、音の工夫が面白くなった」。どちらの受け止め方にも、その人が映画のどこに意識を向けたかが表れます。

まとめ|『風立ちぬ』は人の声から機械や風景の音を作っている

『風立ちぬ』では、飛行機のプロペラ音、蒸気機関車の蒸気、車のエンジン音、関東大震災の地響きなどに、人の声をもとにした効果音が使われています。

発案したのは宮崎駿監督で、音響演出の笠松広司さんらが制作に携わりました。実物の音をそのまま再現することだけでなく、画面の中でそれらしく聞こえる表現を選んだ試みです。

注目したいのは、声を使ったという意外性に加え、その声が映像の動きや空気をどう伝えているかです。

飛行機の力強さと、地震のつかみどころのない怖さ。同じ人間の声を出発点にしていても、場面によって違う感覚が生まれるところに、この映画の音作りの面白さがあるのではないでしょうか。

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