『となりのトトロ』で、とうもろこしを抱えて、一人でお母さんの病院へ向かうメイ。どうして、あそこまでして届けようとしたのでしょうか。
メイがとうもろこしを届けようとしたのは、入院中のお母さんに食べてもらい、元気になってほしかったからです。おばあちゃんの畑の野菜を食べれば元気になるという話と、自分で収穫したものをお母さんにあげたい気持ちが、その行動につながっています。
ただ、それだけで片づけると、メイがなぜ一人で出発してしまったのかまでは見えてきません。お母さんが帰ってくるのを楽しみにしていたこと、その予定が延びたこと、サツキとの言い争い。その流れをたどると、とうもろこしに託した願いが、もう少し具体的に見えてきます。
この記事では、畑での場面からメイの出発までを整理し、母に会いたい気持ちと、自分にも何かできると信じた思いを考察します。
※ここから『となりのトトロ』の結末までネタバレします。
メイがとうもろこしを届ける理由は「お母さんに元気になってほしい」から
メイにとって、とうもろこしは単なるお見舞いの品ではありません。お母さんを元気にするために、自分が持っていけるものだったと考えられます。
きっかけになるのは、おばあちゃんの畑で野菜を収穫する場面です。おばあちゃんは、畑で採れたものを食べれば元気になるという趣旨の話をします。そしてメイは、自分で採ったとうもろこしを、お母さんにあげようとします。
この二つがつながると、メイの行動は分かりやすくなります。大人なら、新鮮な野菜を食べることと、病気の治療は分けて考えるでしょう。でもメイには、おばあちゃんの言葉が、お母さんのためにできることを教えてくれたようにも見えるんですよね。
「元気になるものがある。それをお母さんに食べてもらいたい」という、幼い子どもなりの筋道です。これは気持ちを整理するための言い換えで、作中のセリフの引用ではありません。
もちろん、とうもろこしに病気を治す特別な力があると、作品が説明しているわけではありません。大切なのは効き目よりも、メイがそこに希望を見つけたことです。
待つしかないように見える状況でも、自分の手にあるものを届けることならできる。そう受け取ると、とうもろこしを大切に抱える姿には、母を思う気持ちと、小さな決意の両方が感じられます。
なぜとうもろこしなのか?自分で採ったものを渡したかった
畑には、とうもろこし以外の野菜もあります。それでもメイが母にあげようとするのは、自分で収穫したとうもろこしです。
ここで注目したいのは、食べ物の種類だけではなく、メイ自身が採ったものだという点です。誰かに用意してもらったお土産とは違い、自分が手に入れたものを、自分の意思でお母さんに渡そうとしています。
子どもにとって、自分でできたことは大きな出来事です。大人から見れば一本の野菜でも、本人には、見せたいもの、喜んでもらいたいものになり得ます。
メイのとうもろこしも、そのように受け取れます。お母さんに食べてもらいたいだけでなく、自分が採ったものを受け取ってほしい。そこには、母に向けた贈り物としての意味もあるのではないでしょうか。
ただし、なぜほかの野菜ではなくとうもろこしを選んだのか、その細かな理由まで作中で説明されるわけではありません。好物だから、特別な栄養があるからと、設定を補う必要はないでしょう。
描かれている範囲で確かなのは、メイがその一本を母にあげようとしていることです。とうもろこしは、メイにとって「お母さんのために、自分が用意できたもの」だった。そう考えると、手放さずに持っている姿の意味も伝わってきます。
お母さんの帰宅が延びて、贈り物が「届けなければならないもの」になる
畑でとうもろこしを手にした時点では、メイはお母さんにあげることを楽しみにしています。ところが、その後、お母さんの一時帰宅が延期になると分かり、状況が変わります。
メイは、お母さんが帰ってこないことを受け入れられません。サツキも不安を抱えており、二人は言い争いになります。
ここは、メイだけがわがままで、サツキだけが冷たいという場面ではないでしょう。姉妹はどちらも母に会いたい。ただ、サツキは延期という知らせを受け止めようとし、メイは帰ってきてほしい気持ちを、そのままぶつけています。
大人の説明を理解することと、寂しさがなくなることは別です。帰宅が延びた事情を伝えられても、楽しみにしていた時間が消えてしまうつらさは残ります。
しかもメイの手元には、お母さんに渡すはずだったとうもろこしがあります。喜んでもらう相手を待っていたのに、その相手が帰ってこない。そこで、自分から持っていこうとしたと考えられます。
帰ってきてくれないなら、こちらから会いに行く。元気になるものを、自分で届ける。メイの出発には、母に会いたい気持ちと、母のために行動したい気持ちが重なっているように見えます。
「お母さんを元気にしたい」と「お母さんに会いたい」は、きれいに分けられる感情ではないんよな。大切な人を心配するとき、その人のための願いと、自分の寂しさは一緒にあるものなのかもしれません。
一人で病院へ向かったメイは、母を助けようとしていたのか
メイは、とうもろこしを持って一人で病院へ向かい、途中で迷子になります。母を思う行動が、姉や周囲の人たちを心配させる結果になってしまいます。
この展開からは、メイの気持ちの強さと、幼さの両方が見えてきます。母のために動こうとしても、病院まで安全にたどり着けるかどうかを、十分に判断することはできません。
ただ、メイが自分を「お母さんを助ける人」だと考えていたかどうかまでは分かりません。そこを断定するより、お母さんのために何かしたい思いが、実際の行動になったと捉えるほうが、描写に沿っています。
見守られる側の子どもにも、誰かを気遣い、何かをしてあげたい気持ちはある。とうもろこしを届けようとするメイには、その一面が表れているのではないでしょうか。
一方で、思いが強ければ、一人で何でもできるわけではありません。メイの願いを大切に受け取ることと、その行動の危うさを認めることは、両立します。
一本のとうもろこしに込めた気持ちは真剣でも、それを届けるためには助けが必要だった。この点が、その後のサツキやトトロ、ネコバスの働きへつながっていきます。
なお、作品の公開日や原作・脚本・監督などの基本情報は、スタジオジブリ公式『となりのトトロ』作品ページで確認できます。ここで扱ったメイの心理は、映画の場面から読み取る考察であり、公式ページが説明する設定ではありません。とうもろこしは最後に届く?病院の窓辺に残された贈り物
迷子になったメイは、トトロの助けを借りたサツキと、ネコバスによって再会します。その後、姉妹はネコバスに乗って、お母さんのいる病院へ向かいます。
そこで二人が見るのは、病室でお父さんと話すお母さんの姿です。帰宅の延期をめぐって膨らんでいた不安に対し、母の様子を自分たちの目で確かめられる場面になっています。
そして、病室の窓辺には、母に宛てた言葉のあるとうもろこしが置かれています。メイが大切に持っていた贈り物は、最後に両親のもとへ届くのです。
ただし、姉妹が病室に入り、母に直接手渡す場面はありません。また、母がとうもろこしを食べるところや、それによって病気が治るところも描かれていません。
ここで果たされるのは、食べ物による治療ではなく、贈り物を届けることです。母の回復を願って抱えていた一本が、ようやく母のいる場所にたどり着きます。
そのため、ラストのとうもろこしは、母への気遣いを形にしたものとして受け取れます。長い説明が添えられていなくても、子どもたちが母を思っていることは伝わる。小さな贈り物だからこそ、その素直さが際立つんですよね。
なぜメイたちは、お母さんに直接会わずに帰ったのか
病院まで来たのなら、顔を見せて、とうもろこしを渡せばよかったのではないか。そう感じる人もいるでしょう。
二人が病室へ入らなかった理由は、作中で明確には説明されていません。したがって、母を休ませるためだった、怒られるのが怖かったなどと、一つの理由に決めることはできません。
ただ、場面の流れから考えると、お母さんの様子を見て安心できたことは大きかったのではないでしょうか。
メイは、お母さんが帰ってこないことを受け入れられずに出発しました。サツキも、母の状態を心配していました。その二人が、父と話す母の姿を見ます。少なくとも、帰宅延期の知らせだけを受け取っていたときより、母が今どうしているのかを具体的に知ることができます。
そう考えると、病院に着く前と後では、会いたい気持ちの切迫感が変わったとも読めます。母に会いたい思いは残っていても、今すぐそばへ行かなければという不安は、少し和らいだのかもしれません。
そのうえで、とうもろこしだけが窓辺に残る。姉妹は母の姿から安心を受け取り、母には贈り物を通して気持ちを届けた。このように読むと、直接の対面がないラストにも、親子のつながりが感じられます。
もちろん、これは場面からの考察です。メイが急に寂しさを克服したとか、母との別れを大人のように理解したとまで考える必要はありません。そのとき安心して帰れたことと、これから先も母に会いたいことは、両立するでしょう。
メイとサツキは、違う方法でお母さんを思っている
とうもろこしをめぐるメイの行動は、サツキと比べると、さらに意味が見えてきます。
サツキは、病院からの知らせを受けて父に連絡し、状況を確かめようとします。一方のメイは、手元にあるとうもろこしを届けようとします。
姉は情報を得ようとし、妹は贈り物を持って動く。方法は違いますが、どちらも母を心配していることから始まっています。
ところが、不安が強くなると、お互いの気持ちを受け止める余裕がなくなります。サツキには、帰宅が延びたことをメイにも受け入れてほしい事情があります。メイには、楽しみにしていた母の帰宅を諦められない気持ちがあります。
同じ人を大切に思っているからといって、いつも同じ反応をするわけではない。姉妹の言い争いには、その難しさが表れているように見えます。
その後、メイが見つかり、二人は一緒に病院へ向かいます。メイが一人で始めた行動は、サツキとともに母の様子を確かめ、贈り物を届ける行動へ変わります。
ここで、サツキがメイの考えをすべて正しいと認めた、と解釈する必要はありません。危険だった一人歩きと、母にとうもろこしを届けたい願いは、別に受け止められます。
無事に再会した姉妹が、今度は一緒に母のいる場所へ向かう。その流れには、言い争いの中ではすれ違っていた二人の気持ちが、再び同じ方向を向くような温かさがあります。
とうもろこしが表すのは、子どもから母へ向かう気遣い
『となりのトトロ』では、お母さんがメイを気遣うだけでなく、メイもお母さんを気遣っています。とうもろこしは、その思いが目に見える形になったものと考えられます。
メイには、病院の治療を変えることも、母の帰宅日を決めることもできません。それでも、自分で採ったものを渡したいと思うことはできます。
この違いは大切です。何かをしてあげたい気持ちがあっても、相手の困りごとを解決できるとは限りません。だからといって、贈り物や気遣いの意味までなくなるわけではないでしょう。
メイのとうもろこしも、母の病気を治した証拠にはなりません。でも、母を思いながら選び、抱えてきたものとして、親子の間に残ります。
誰かのためにできることは、いつも大きなこととは限らないんよな。メイの場合は、一本のとうもろこしだった。その小ささと、そこに込めた願いの大きさが、この場面の印象を強めているのかもしれません。
まとめ|メイのとうもろこしには、母の回復を願う気持ちが込められている
メイがとうもろこしを届けようとした理由は、入院中のお母さんに元気になってほしかったからです。おばあちゃんの話と、自分で採ったものを母にあげたい気持ちが、その行動のきっかけになっています。
母の一時帰宅が延期になると、楽しみにしていた贈り物は、メイ自身が届けに行こうとするものになります。そこには、母を気遣う思いと、会いたくてたまらない寂しさの両方があると考えられます。
最後に、とうもろこしは病院の窓辺へ届きます。母がそれを食べて治る場面ではなく、姉妹が母の様子を確かめ、母に贈り物を残す場面として描かれています。
一本のとうもろこしが伝えているのは、メイなりの「お母さんに元気になってほしい」という願いです。その願いが、サツキやトトロ、ネコバスの助けを受けて届くところに、この場面の温かさがあるのではないでしょうか。

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