『風立ちぬ』で、二郎と気兼ねなく話している本庄。仕事仲間のようですが、二人はいつから知り合いで、本庄自身は飛行機づくりをどう考えているのでしょうか。
本庄は、堀越二郎の大学時代からの友人で、就職後は同じ会社で飛行機設計に携わる同僚です。声を担当しているのは西島秀俊さんです。
二郎の隣にいる人物ではありますが、ただ主人公の話を聞くためだけの存在ではありません。本庄にも技術者としての関心があり、二郎とは違う角度から、飛行機づくりや日本の現実に目を向けています。
この記事では、本庄と二郎の関係を整理したうえで、食堂での会話などを手掛かりに、二人の違いと飛行機設計への思いを考えていきます。
※ここから『風立ちぬ』の人物関係と一部の場面に触れます。
『風立ちぬ』の本庄とは?大学時代から続く二郎の友人
本庄は、二郎が会社に入ってから初めて出会った人物ではありません。大学時代からの友人であり、その関係が就職後にも続いています。
この経緯を押さえると、二郎に対する本庄の遠慮のない接し方も理解しやすくなります。相手の能力だけでなく、物事に熱中したときの様子まで知っている。二人のやり取りからは、そんな付き合いの長さを読み取れます。
大学時代からの友人という関係は、MOVIE WALKER PRESSの本庄役紹介でも説明されています。また、eHills Clubの作品レビューでは、大学時代の友人であり、同僚でもある人物として紹介されています。
上司ではなく、同じ分野で働く仲間
本庄と、二郎の上司である黒川は、立場の異なる人物です。黒川が職場で二郎を指導する側にいるのに対し、本庄は同じ技術者として言葉を交わす相手です。
仕事について話せることと、気兼ねなく話せることは、必ずしも同じではありません。本庄の場合は、専門分野を共有しているうえに、学生時代からの関係もある。その二つが重なっているところに、二郎にとっての特別な近さがあると考えられます。
だからといって、本庄がいつでも二郎に同意するわけではありません。同じ飛行機に関わっていても、目を向ける先や言葉の選び方は違います。その違いがあるからこそ、二人の会話は単なる説明にならず、人物同士のやり取りとして成り立っています。
本庄と二郎の違いは?食堂の場面から見える視点
二人の性格を考える手掛かりになるのが、食堂での場面です。二郎は、食事の中でも鯖の骨の形に関心を向けます。身近なものから飛行機の構造へと発想がつながるところに、設計への強い没頭が表れています。
本庄は、そのような二郎と会話を交わす相手です。二郎が一つのものに引き込まれていく様子と、そのそばで接する本庄の姿を合わせると、二人の距離感が見えてきます。
この食堂での描写は、CinemaGeneの本庄に注目した場面紹介でも取り上げられています。
二郎は形や構造に引き込まれ、本庄は周囲の現実にも目を向ける
人物の対比として読むなら、二郎は目の前の形や仕組みから、設計の可能性を見つけていく人物です。一方、本庄には、飛行機づくりを取り巻く条件や社会へと視線を向ける面があります。
ただし、ここを「夢を見る二郎」と「夢のない本庄」に分けてしまうと、本庄自身も飛行機づくりに取り組む技術者であることが見えにくくなります。
本庄は飛行機に関心がないから、現実的なことを言うのではない。つくる側にいるからこそ、理想だけでは進まない事情にも目が向く。そう捉えると、二郎とは別の形の熱意がある人物として理解できます。
同じ仕事が好きでも、その好きの表れ方まで同じとは限りません。一人は細部の美しさに夢中になり、もう一人は実現するための条件を考える。二人の違いは、どちらが本物の技術者かを決めるものではなく、飛行機づくりの複数の側面を見せるものと考えられます。
本庄は二郎のライバル?競争だけでは説明できない関係
同じ分野で働く二人なので、本庄を二郎のライバルと受け取ることもできるでしょう。ただ、相手に勝つか負けるかだけでは、二人の関係を十分には説明できません。
少なくとも本庄は、二郎の飛行機への没頭を間近で知る人物です。二郎の変わった着眼点にも接してきたからこそ、表面的に褒めたり、分からないまま聞き流したりする相手とは違う位置にいます。
関係性の考察としては、二人には競い合える近さと、率直に話せる近さの両方があると読めます。専門の話が通じる相手は、自分の力を意識させる存在にもなり、説明しなくても分かってくれる存在にもなります。
本庄がいることで、二郎は周囲から切り離された天才としてだけでなく、同じ時代に働く技術者の一人として見えてきます。そして本庄自身も、二郎を引き立てるだけの人物ではなく、自分の視点を持つ仕事仲間として捉えられるでしょう。
本庄の声を担当するのは西島秀俊
本庄の声は、西島秀俊さんが担当しています。二郎役の庵野秀明さん、黒川役の西村雅彦さんとともに、ディズニー公式『風立ちぬ』のキャスト欄で確認できます。
声に注目するなら、二郎への言葉の返し方や、会話の間を意識してみるとよいでしょう。友人への気安さと、仕事について話す技術者としての姿。その両方を聞き取ることが、本庄という人物を考える入口になります。本庄の飛行機設計への思い|技術への情熱と社会を見る目
本庄を理解するうえで大切なのは、飛行機づくりへの熱意と、それを取り巻く社会への疑問が、同じ人物の中にあることです。
作中では、本庄が飛行機の開発に必要な費用と、人々の貧しい暮らしを結び付けて語る場面があります。飛行機の性能や構造だけでなく、そのために社会が何を負担しているのかにも目を向けているわけです。
この会話は、一橋大学の学術リポジトリで公開されている論考「夢みる権利―宮崎駿監督映画『風立ちぬ』をめぐって」でも取り上げられています。
ここから本庄を「飛行機づくりに反対している人物」と決め付けることはできません。本庄自身も設計に取り組んでいるからです。むしろ、自分が情熱を注いでいる仕事にも、疑問を向けることができる人物として読むことができます。
好きな仕事だからこそ、矛盾がなくなるわけではない
二郎と本庄にとって、飛行機は技術的な挑戦の対象です。しかし、その開発は、二人の好きという気持ちだけで成り立っているわけではありません。会社や国家の要求、経済的な条件、戦争へ向かう時代と結び付いています。
本庄の言葉を通して考えられるのは、仕事の面白さと、その仕事が社会で果たす役割を、きれいに切り離せるのかという問題です。
技術が進歩することを喜びながら、その使われ方には引っ掛かりを覚える。そうした二つの気持ちは、同時に存在し得ます。本庄の姿には、その矛盾を知りながら働く技術者の一面があるのかもしれません。
本庄は、飛行機への夢を外から否定する人というより、その夢の内側にいながら、現実の重さを言葉にする人と考えられます。
本庄がいることで、二郎の夢はどう見える?
本庄の存在を意識すると、二郎の設計への没頭も、違った角度から見えてきます。
前半で触れた鯖の骨の場面では、二郎の関心は、身近なものの形から飛行機の構造へと向かいます。一方、本庄が開発費と人々の暮らしを結び付ける場面では、視線が設計の外側へと広がります。
この二つを並べて読むと、二郎が何に心を奪われる人物なのか、本庄が何を見落とさずにいる人物なのかが浮かび上がります。ただし、二郎は社会を何も考えず、本庄だけがすべてを理解している、という単純な区分ではありません。
本庄自身も、飛行機をつくる側にいます。二郎に疑問を投げ掛ける言葉は、同時に、本庄自身の仕事にも返ってくるものです。そのため、二人の会話を、正しい人が間違った人を諭す場面としてだけ読むと、残るはずの難しさが薄れてしまいます。
技術者としての成功だけで、仕事を語れるのか
飛行機が優れた性能を実現すれば、設計者の仕事としては成果になります。しかし、その飛行機が何に使われ、誰の暮らしに影響するのかまで考えると、成果だけでは語り切れなくなります。
本庄の言葉は、二郎の夢を眺めている観客にも、その問いを向けるものとして受け取れます。美しいものをつくりたいという願いと、それが置かれる現実。その両方を見る必要があるのではないか、という問いです。
ここで映画が、本庄を通して一つの正解を示したと断定することはできません。ただ、本庄の発言があることで、飛行機づくりを成功へ向かう物語としてだけ受け取るのは難しくなります。
本庄と二郎の友情は、同じ意見であることを必要としない
本庄と二郎の関係には、考え方が完全に一致していなくても、会話を続けられる近さがあります。
二人が共有しているのは、飛行機という専門分野と、学生時代から続く時間です。その土台があるからこそ、相手の関心を理解しながら、自分の見方を伝えられるのだと考えられます。
本庄の発言を読む際には、言葉の厳しさだけでなく、誰に向かって話しているかも大切です。飛行機に関わらない相手への説明と、同じ仕事に取り組む二郎への言葉では、意味合いが違います。本庄は、自分も抱えている問題を、同じ分野で働く友人と分かち合っているようにも見えます。
そこには、相手を励ますだけでは収まらない友情があります。仕事への熱意を分かっているからこそ、気になることも口にできる。そんな関係として読むと、本庄の率直さは、二郎との距離の近さを示すものにもなります。
もちろん、これを二人の心理についての確定した設定とすることはできません。それでも、本庄の言葉を反対意見としてだけ扱わず、友人同士の対話として聞くことで、二人の関係をより丁寧に捉えられるでしょう。
まとめ|本庄は二郎と夢を共有しながら、現実にも目を向ける技術者
『風立ちぬ』の本庄は、二郎の大学時代からの友人であり、就職後も飛行機設計に携わる同僚です。声を担当しているのは西島秀俊さんです。
本庄にも、飛行機をつくる技術者としての熱意があります。その一方で、開発に必要なお金や、人々の暮らしにも目を向けます。夢を持つことと、その夢が現実の中で何を意味するかを考えること。その両方を抱えた人物として、本庄を読むことができます。
二郎のそばに本庄がいることで、飛行機づくりは、個人の才能や憧れだけでは説明できない仕事として見えてきます。本庄自身も、その仕事の外にいるわけではありません。だからこそ彼の言葉には、他人への批判だけでは終わらない重さがあるのでしょう。
本庄に注目するときは、二郎と何が違うかに加えて、何を共有しているかにも目を向けてみてください。同じ飛行機を見つめる二人の間にある、熱意と疑問。その両方が、この人物関係を考える手掛かりになります。

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