『風立ちぬ』の主題歌「ひこうき雲」は、なぜ選ばれたのでしょうか。飛行機を描く映画だから、曲名に合わせて選曲したのか。それとも、歌が持つ意味と物語に、もっと深いつながりがあったのでしょうか。
結論からいうと、鈴木敏夫プロデューサーがベストアルバムで「ひこうき雲」を聴き直し、歌詞が『風立ちぬ』に合うと感じて宮崎駿監督に提案したことが、主題歌起用のきっかけです。監督も賛成し、その後、松任谷由実さんへ公開の場で楽曲使用を依頼しました。
これは、曲名から想像した理由ではありません。スタジオジブリとレコード会社が、当時の公式資料で説明している経緯です。
この記事では、誰が曲を提案したのか、どのように依頼したのかを順に整理します。そのうえで、映画と曲がどのように響き合うのかを、制作情報と考察を分けて紹介します。
「ひこうき雲」が『風立ちぬ』の主題歌に選ばれた理由
きっかけは鈴木敏夫がベストアルバムを聴き直したこと
選曲の経緯を具体的に確認できるのが、2013年2月10日に公開された、スタジオジブリ公式「野中くん発 ジブリだより」2月号です。
この記事によると、鈴木敏夫プロデューサーは、松任谷由実さんとのトークイベントに先立ち、曲を振り返るつもりでデビュー40周年記念のベスト盤を聴いていました。その中で、「ひこうき雲」の歌詞が『風立ちぬ』に合っていることに気づいたと説明されています。
そのベストアルバムが、2012年発売の『日本の恋と、ユーミンと。』です。アルバム名については、ユニバーサル ミュージックの公式プレスリリースでも確認できます。
つまり、最初から映画に合わせて新曲を依頼したのではなく、すでにある曲を聴き直したところから、主題歌への道が開けたのです。
宮崎駿監督も曲を聴いて賛成した
鈴木プロデューサーは、自分だけで選曲を進めたわけではありません。曲を宮崎駿監督へ提案し、監督にも聴いてもらっています。
ジブリ公式の記事では、宮崎監督も大いに賛成したと紹介されています。また、レコード会社の発表では、監督が映画の世界観に合うと受け止めたことが説明されています。
ここから確認できるのは、鈴木プロデューサーの発見が提案につながり、監督も作品との相性を認めたという流れです。
曲名に飛行機を連想させる言葉があるだけで決まった、という説明ではありません。公式資料では、歌詞や映画の世界観との重なりが、選曲の理由として挙げられています。
題名が合っているから使ったのかなと思って調べると、実際には曲の中身を受け止めたうえでの提案だった。そこを知ると、映画のあとに流れる歌にも、少し違う耳の向け方ができるんちゃうかな。
松任谷由実への依頼は、トークイベントのステージ上だった
2012年末のイベントで公開オファー
曲の使用をお願いした場も、印象的です。
ジブリ公式の記事によると、2012年末、『魔女の宅急便』と『おもひでぽろぽろ』のブルーレイ発売を記念して、鈴木プロデューサーと松任谷由実さんのトークイベントが開かれました。そこで鈴木プロデューサーは、「ひこうき雲」を主題歌に使いたいと、本人へ直接依頼したのです。
ユニバーサル ミュージックの発表では、この公開オファーは2012年12月の出来事とされています。
本人のいないところで選曲が決まり、あとから使用が発表されたという経緯ではありません。観客のいるイベントで、鈴木プロデューサーが提案を伝えたのでした。
本人の快諾から、正式な手続きへ進んだ
松任谷由実さんは、その依頼を快諾したと公式資料に記されています。
ただし、ステージ上で了承したことと、楽曲使用の手続きがすべて完了することは、分けて考える必要があります。2013年2月のジブリ公式記事では、本人の了承を得たうえで、手続きを進めている段階だと説明されていました。
選曲から依頼までを整理すると、次の順番になります。
- 鈴木プロデューサーが、ベストアルバムで「ひこうき雲」を聴き直す。
- 歌詞が映画に合うと感じ、宮崎駿監督へ提案する。
- 監督も曲を聴き、主題歌への起用に賛成する。
- 2012年12月のトークイベントで、松任谷由実さんへ公開オファーする。
- 本人が快諾し、楽曲使用の手続きへ進む。
この順番を押さえると、曲の発見、監督の判断、本人への依頼が、それぞれ別の段階だったことが分かります。
「ひこうき雲」は映画のためにつくられた曲ではない
1973年のデビューアルバムに収録された曲
「ひこうき雲」は、1973年に発売された、荒井由実さんのファーストアルバム『ひこうき雲』の表題曲です。2013年公開の『風立ちぬ』に向けて書き下ろされた楽曲ではありません。
三鷹の森ジブリ美術館の公式案内でも、映画公開の40年前に発売されたデビューアルバムの曲が、主題歌になったことが紹介されています。
先に存在していた歌と、あとから生まれた映画が、約40年を隔てて出会った。今回の起用には、そういう時間の重なりがあります。
そのため、歌詞の登場人物を最初から二郎や菜穂子のことだと説明するのは適切ではありません。映画を見たあとに二人を重ねて聴くことはできますが、曲が生まれた背景と、映画の中で果たす役割は区別したいところです。
「荒井由実」と「松任谷由実」は同じ人
映画の主題歌は「荒井由実」名義ですが、公開オファーの説明には「松任谷由実」という名前が出てきます。
これは別の歌手ではありません。荒井由実は、松任谷由実さんの旧姓による名義です。映画の公式クレジットでは、主題歌「ひこうき雲」の作詞・作曲・歌が、荒井由実と記載されています。
映画との出会いによって、昔の歌に新しい物語が重なりました。ただ、その歌が映画の内容を一対一で説明しているわけではありません。次は、公式に確認できる選曲理由を踏まえながら、曲と作品が響き合う部分を考えていきます。「ひこうき雲」と映画は、どこが重なっているのか
※ここから『風立ちぬ』の結末に触れて考察します。
空への憧れに、命や別れのイメージが重なる
公式に確認できる選曲理由は、鈴木敏夫プロデューサーが歌詞と映画の相性に気づき、宮崎駿監督も賛成したということです。ただし、どの歌詞がどの登場人物に対応するのかまで、前半で紹介した公式資料が説明しているわけではありません。
ここからは、その経緯を踏まえた作品の考察です。
『風立ちぬ』では、空は二郎が夢を向ける場所です。飛行機をつくることには、地上を離れて飛ぶ喜びと、美しいものを形にしたいという願いがあります。
しかし、映画を最後までたどると、その空には戦争や喪失のイメージも重なります。菜穂子との別れも含め、飛ぶことの明るさだけでは終わらない物語になっています。
そこで「ひこうき雲」を聴くと、空へ向かうイメージに、命のはかなさや、去っていく存在への思いを重ねることができます。
空への憧れと、手元にとどめておけないものへの思い。その両方を感じられるところに、映画と曲のつながりがあると考えられます。
菜穂子だけの歌と決めなくてもよい
結末のあとに流れるため、曲から菜穂子を思い浮かべる聴き方は自然でしょう。二郎とともに過ごした時間や、最後に現れる姿と、歌の印象が重なるからです。
一方で、「ひこうき雲」は映画より先に生まれた楽曲です。歌の中の存在が、設定として菜穂子を指しているわけではありません。
二郎の夢や、戦争によって失われたものまで含めて、物語全体を振り返る曲として聴くこともできます。
誰の歌なのかを一人に絞ろうとすると、かえって受け取れるものが狭くなるかもしれません。菜穂子を思ってもいいし、二郎が追いかけた空を思ってもいい。映画のあとに何が浮かぶかは、聴く側にも残されているんちゃうかな。
エンディングで流れることで、曲の聴こえ方が変わる
映画を経て、同じ曲に別の記憶が加わる
映画を見る前から「ひこうき雲」を知っていた人と、映画を通して初めて聴いた人では、曲との出会い方が異なります。
もともと知っていた人には、以前から持っていた曲の印象に、二郎や菜穂子の姿が重なるかもしれません。初めて聴く人には、映画の終わりと結びついた歌として記憶される場合もあるでしょう。
これは、曲の意味が映画によって一つに決まるということではありません。作品を見た経験によって、同じ音楽から思い浮かべるものが増えるということです。
選曲の経緯を知る面白さも、ここにあります。映画に合わせて一から生まれた歌ではなく、すでにあった歌に、制作側が新たなつながりを見つけたのでした。
物語を言葉で説明しきらない余韻がある
『風立ちぬ』の結末には、二郎の人生を成功か失敗かだけでは整理できないものが残ります。夢を形にする喜びがあり、その先に失われたものもあります。
「ひこうき雲」は、その出来事を順番に説明する歌ではありません。だからこそ、映画で受け取った感情を、すぐに一つの答えへまとめずに聴くことができます。
これは主題歌の効果についての解釈ですが、映像が終わったあとに音楽が続くことで、二郎と菜穂子の時間を振り返る余地が生まれているように感じられます。
悲しかったから悲しい歌、飛行機の映画だから空の歌。そうした説明だけでは収まらないところが、この組み合わせの面白さではないでしょうか。
主題歌との出会いは、40周年記念盤にもつながった
宮崎駿監督が贈った18枚の絵
「ひこうき雲」と映画のつながりは、主題歌への起用だけでは終わりませんでした。
三鷹の森ジブリ美術館の公式案内では、アルバムの40周年記念盤に寄せて、宮崎駿監督がユーミンへ18枚の絵を贈ったことが紹介されています。
また、ユニバーサル ミュージックの当時の公式発表では、映画の背景画を用いた絵本仕様の記念盤へ企画が広がった経緯が説明されています。
既存の曲を映画で使うという出会いから、絵と音楽を組み合わせる新たな作品へつながったのです。これは、選曲が制作上の手続きだけでなく、作り手同士の交流にも発展した出来事として捉えられます。
関連映像と映画本編の役割は分けて考える
曲を調べていると、ミュージッククリップや記念盤など、映画以外の関連作品に触れる機会もあります。
それぞれに映像や絵の表現がありますが、そこで見られる内容を、そのまま映画本編の追加設定と考える必要はありません。
映画の主題歌としての「ひこうき雲」、独立した楽曲としての「ひこうき雲」、記念盤での絵との組み合わせ。それぞれの形で楽しめると、曲と作品の関係も立体的に見えてきます。
まとめ|「ひこうき雲」は、歌詞と映画の世界観が重なると判断されて選ばれた
『風立ちぬ』の主題歌に「ひこうき雲」が選ばれたのは、鈴木敏夫プロデューサーがベストアルバムで聴き直し、歌詞が映画に合うと感じたことがきっかけです。宮崎駿監督も提案に賛成し、2012年12月のトークイベントで、松任谷由実さんへの公開オファーが行われました。
曲は1973年のアルバムに収録されていたもので、映画のための書き下ろしではありません。約40年を隔てて、すでにあった歌と新しい映画が結びついたのです。
公式に確認できるのは、歌詞や世界観との相性が選曲の理由になったこと。菜穂子や二郎の人生とどう重ねて聴くかは、そこから広がる解釈です。
空を目指す夢と、失われていく時間。その両方を描く映画のあとで聴くと、曲名だけでは分からなかったつながりが感じられるかもしれません。
選ばれた経緯を知ったうえで、もう一度、自分には何が浮かぶのかを聴いてみる。そんな楽しみ方もできる主題歌ではないでしょうか。

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