『火垂るの墓』の清太について、「妹を守るために、なぜ働かなかったのか」と疑問を持つことがあります。食べ物が必要なら、働いて手に入れる方法を探せなかったのか。そう考えると、清太の行動がもどかしく感じられるかもしれません。
清太が働きに出ない理由は、一つに断定できません。ただ、学校を空襲で失った14歳の少年が、母を亡くし、4歳の妹と暮らしているという状況を外しては考えられません。
一方で、その苦しい境遇を踏まえることと、清太の判断がすべて適切だったと考えることも別です。暮らしを支えるために何ができたのか、なぜ周囲との関係が切れてしまったのか。そこまで考えることで、「怠けていたから」という説明だけでは捉えられない問題が見えてきます。
この記事では、1988年公開の高畑勲監督によるアニメ映画を対象に、清太の年齢と学校、戦時下の勤労動員を整理し、働くことと兄妹の生活との関係を考察します。
※ここから『火垂るの墓』の物語の展開に触れます。
清太はなぜ働かない?まず14歳という年齢から考える
清太は14歳の中学三年生で、妹の節子は4歳です。日本テレビ「金曜ロードショー」の公式紹介でも、この年齢と学年が確認できます。
作品の舞台は戦争末期の1945年です。当時の中学校は現在の学校制度とは異なるため、学年だけを現代の中学生と同じ感覚で受け取らないようにしたいところです。
出典:日本テレビ「金曜ロードショー」『火垂るの墓』登場人物・作品紹介
兄として頼られていても、大人になったわけではない
節子と一緒にいる清太は、兄として頼られる立場です。そのため、見ている側も、いつの間にか一人の保護者として判断力や責任を求めてしまうことがあります。
しかし、妹より年上だからといって、生活を立て直すための知識まで備わっているとは限りません。住む場所、食べ物、周囲の大人との交渉。そうした問題に対応しなければならない本人も、まだ14歳です。
妹を大切に思うことと、二人が生き延びられる暮らしを組み立てられることは、同じではありません。
「お兄ちゃんなんやから、もっと何とかできたやろ」と思いたくなる。でも、そのお兄ちゃん自身を支える人は誰やったんやろ。清太の行動を考えるときには、そんな問いも必要になります。
これは、年齢を理由に行動をすべて肯定するという意味ではありません。どの程度の判断や行動を期待するのが妥当なのか、その出発点を確かめるためです。
清太が学校に行かないのは、空襲で学校が焼けたため
清太が学校へ通っていないことについては、公式に確認できる説明があります。日本テレビの人物紹介では、中学校が空襲で焼けたため、学校には行っていないとされています。
つまり、通える学校が普段どおりに存在する中で、清太が単に登校を嫌がっているという設定ではありません。学ぶ場所そのものが、戦争によって失われています。
ただし、学校が焼けたことだけで、「ほかの場所で働くことも絶対にできなかった」とまでは言えません。学校へ行かない理由と、新しく仕事や手伝いを探さない理由は、分けて考える必要があります。
失ったのは授業を受ける場所だけではない
学校には、勉強する場所という役割に加えて、先生や同級生とつながる場所という側面もあります。
清太の場合も、学校が失われたことは、決まった時間に通い、大人の指示を受け、集団に参加する日常が途切れたこととして考えられます。ただし、具体的に誰へ連絡できたのか、どのような対応を受けられたのかまで、ここで確定することはできません。
「学校がなくなった」という事実から考えたいのは、暇になったかどうかより、少年が社会との接点をどれほど失ったのかという問題です。
自分で次の行き先を見つけるにも、行き先を知っている人とのつながりが必要です。その足場まで失われた状況を、本人のやる気だけで説明するのは難しいでしょう。
戦時下の中学生には、勤労動員があった
一方で、「14歳の学生だから、当時も働くことはなかった」と考えるのも正確ではありません。戦時下には、学生や生徒を工場や農作業などへ動員する、学徒勤労動員が行われていました。
文部科学省の教育史資料によると、戦局の悪化とともに学徒の勤労動員は強化され、1944年には継続的な動員を進める方針が示されています。
奈良県立図書情報館の解説でも、学徒勤労動員は労働力不足を補うために進められ、学生・生徒が組織的に生産や輸送などへ動員されたことが説明されています。
勤労動員と、生活費を得るための仕事探しは同じではない
ここで注意したいのは、学徒勤労動員を、現在のアルバイト探しと同じ仕組みとして考えないことです。
勤労動員は、戦争を支える労働力として、学生や生徒を組織的に動員するものでした。「働く場所を自由に選び、収入で自分と妹の生活を維持する」という話とは、制度も目的も異なります。
そのため、当時の学生が働いていたという歴史的事実だけで、「清太もすぐ仕事に就けた」「働けば必ず十分な食料を得られた」と結論づけることはできません。
反対に、戦時下の混乱を理由に、清太には何一つできなかったと決めつけることも避けたいところです。働くことが求められた時代だった事実と、清太が実際に利用できた選択肢は別の問題として見る必要があります。
この二つを分けると、「働くべきだったか」という問いは、「誰とつながり、どんな形で暮らしに参加できたのか」という問いにも広がっていきます。
おばさんとの対立は、食べ物と共同生活の問題でもある
清太が働かない理由を考えるうえで、親戚のおばさんとの関係は外せません。
日本テレビの公式紹介によると、おばさんは最初、兄妹を温かく迎えます。しかし、食料や着物が底をつき始めるにつれて、清太との関係が悪くなっていきます。
出典:日本テレビ「金曜ロードショー」『火垂るの墓』人物紹介・ストーリー
この経過からは、二人の不仲を性格の相性だけでは説明できないことが分かります。暮らしを維持するための物が減る中で、誰がどれだけ負担するのかという問題が、関係に影響しています。
清太には妹を守る意識、おばさんには家を維持する事情がある
清太は節子と一緒に生きようとしています。一方、おばさんの側にも、限られた食料で共同生活を続けなければならない事情があります。
ここからは考察ですが、清太が妹との時間を大切にするほど、おばさんには、家全体の暮らしへの参加が足りないように見えた可能性があります。
逆に清太からすれば、母を亡くしたばかりの自分たちに厳しい態度を取られることが、受け入れ難かったのかもしれません。
妹を守っているつもりの清太と、家を支える負担を感じるおばさん。その見ている範囲の違いが、すれ違いを大きくしたとも考えられます。
どちらかの事情が分かるからといって、もう一方の苦しさが消えるわけではありません。「清太が働けば済んだ」「おばさんが優しければ済んだ」と、一つの行動だけで片付けにくいところです。
節子の世話は、何もしていないことになるのか
「働く」という言葉を、外へ出て生産や収入につながる活動だけに限ると、清太が節子と過ごす時間は、何もしていない時間に見えてしまいます。
しかし、節子は4歳です。母を失った幼い妹と一緒にいて、生活をともにすることには、世話をする役割も含まれています。
もちろん、それだけで食料が確保できるわけではありません。妹のそばにいることと、妹を食べさせ続けること。その両方が必要だったという難しさがあります。
そばにいるためにも、ほかの人の助けが必要になる
もし清太が外へ働きに出るなら、その間、節子をどうするのかという問題が生まれます。ただし、誰にも預けられなかったと断定することもできません。
大切なのは、清太が働くかどうかだけでなく、節子の世話を含めて暮らしを分担できる関係があったかという視点です。
おばさんとの関係を保ちながら、できる仕事や手伝いについて相談する道はなかったのか。そう考える余地はあります。しかし、実際にどんな役割を引き受けられたのか、相談すれば関係が改善したのかまでは、確定できません。
妹のそばにいたい気持ちも分かる。でも、二人だけで生きるためには、二人以外の人の力も必要になる。その矛盾がしんどいんよな。
おばさんの家を出て、兄妹だけの生活を選んだ清太
公式のストーリー紹介でも、清太と節子はおばさんの家を出て、横穴壕で生活を始めると説明されています。兄妹は工夫を凝らして暮らしますが、やがて食料が尽き、節子は衰弱していきます。
この経過を踏まえると、二人だけで暮らすという清太の判断には、生活を維持する見通しの甘さがあったと読むことはできます。
ただし、それを「妹を大切にしていなかった」という意味に置き換えることはできません。大切に思っていても、選んだ行動が相手を守る結果につながらないことがあります。
居心地のよさと、生きていける条件は同じではない
おばさんとの対立から離れた暮らしは、兄妹にとって気持ちが楽になる面もあったと考えられます。けれど、食料を継続して手に入れる仕組みまで整ったわけではありません。
ここには、清太の判断を考えるための具体的な問題があります。今いる場所がつらいとき、そこを出ることと、出た後の生活を成り立たせることは、別々に考えなければならないのです。
ただ、その見通しを、母を亡くした14歳の少年が十分に持てただろうか。結果を知っている側からなら指摘できても、その場でできた判断だったかどうかは、慎重に考えたいところです。
清太の選択に問題があったと考えることと、兄妹の苦境を清太一人の責任にすることは分ける必要があります。
「働けば助かった」とまでは言い切れない
清太が何らかの仕事や手伝いに参加し、大人との関係を保てていれば、生活が変わった可能性はあります。物語を見て、「別の選択をしてほしかった」と感じるのも自然です。
しかし、それは「働けば必ず兄妹とも助かった」という確定した答えではありません。
どの仕事に就けたのか、何を得られたのか、妹の世話をどう分担できたのか。そこまで確認できなければ、別の結末を保証することはできません。
清太の行動を考えるなら、「なぜ働かなかったのか」に加えて、「働くことや助けを求めることへ、誰がつなげられたのか」という問いも残ります。
本人が動く必要はあったかもしれない。それでも、何をすればよいか分からない子どもに、動き方まで一人で見つけさせてよかったのか。この二つは、同時に考えられる問題です。
まとめ|清太が働かない理由は、年齢・学校・孤立を重ねて考えたい
『火垂るの墓』の清太を、「働きたくなかったから」とだけ説明することはできません。学校を空襲で失った14歳の少年が、母を亡くし、4歳の妹と暮らしている状況を踏まえる必要があります。
一方、当時は学生も勤労動員されていたため、「学生だから働く必要がなかった」とも言えません。学校に通えない事情と、その後の暮らしへどう参加するかは、別の問題です。
清太には、周囲との関係を保ち、生活を支える役割を探す余地がなかったのか。そう問い直すことはできます。同時に、兄妹だけの生活を選んだ判断の危うさも見逃せません。
清太に別の行動をしてほしかったと思うほど、その行動を支える大人やつながりの必要性も見えてきます。働く意思だけでなく、働きながら妹を守れる暮らしまで含めて考えることが、この疑問を読み解く手がかりになるのではないでしょうか。

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