『火垂るの墓』おばさんとは?清太たちとの関係と厳しい態度を考察

『火垂るの墓』で、清太と節子が身を寄せる家のおばさん。兄妹への態度が厳しくなっていく姿に、「どういう親戚なんだろう」「なぜあんなに冷たくなったのか」と疑問を持つ方もいると思います。

おばさんは、西宮に住む清太の父方の遠い親戚です。最初は兄妹を温かく迎えますが、食料などが乏しくなるにつれ、清太との関係が悪くなっていきます。

その変化には、戦争末期の暮らしの厳しさが重なっています。ただ、生活が苦しい事情を理解することと、子どもへの冷たい態度をすべて正しいとすることは、分けて考える必要があります。

この記事では、1988年公開のアニメ映画『火垂るの墓』を対象に、おばさんと兄妹の関係を整理し、その態度をどう受け止められるか考えます。

※ここから『火垂るの墓』の物語の展開に触れます。

『火垂るの墓』のおばさんは誰?清太の父方の遠い親戚

おばさんは、空襲で住まいを失った清太と節子が頼る、西宮の親戚です。

日本テレビの公式人物紹介では、「清太の父方の遠い親戚」と説明されています。「おばさん」という呼び方から、父や母の姉妹を想像しやすいのですが、そのように近い続柄と決めつけないほうが正確です。

また、清太の母とおばさんの間には、どちらかが空襲で焼け出された場合、互いに身を寄せ合う約束がありました。兄妹が頼った先は、まったく付き合いのなかった家ではないのです。

出典:日本テレビ「金曜ロードシネマクラブ」『火垂るの墓』登場人物紹介

最初から兄妹を拒絶していたわけではない

おばさんを考えるうえで外せないのは、最初は清太たちを温かく迎えていたという点です。

後の厳しい態度だけに注目すると、登場したときから兄妹を追い払おうとしていたように感じるかもしれません。しかし、公式紹介でも、受け入れた当初と、その後の扱いには変化があることが示されています。

ここから読み取れるのは、親戚というつながりがあっても、共同生活が続くなかで関係は変わり得るということです。

困ったときは助け合おう。その約束をする気持ちと、実際に毎日の暮らしを支え続ける負担は、同じではありません。だからこそ、この人物については、最初の受け入れと、その後の冷たさの両方を見る必要があると思います。

おばさんの態度が厳しくなる背景には、生活の困窮がある

日本テレビの公式あらすじでは、食料や着物が底をつき始めるなかで、おばさんと清太の関係がうまくいかなくなる流れが説明されています。

つまり、二人の衝突は、暮らしを支える物資が不足していく状況と切り離せません。家に人を迎えることは、寝る場所を用意するだけでなく、日々の食事や生活を分け合うことでもあります。

ここからは、その状況を踏まえた考察です。

助け合いの約束を、余裕のない暮らしのなかで守る難しさ

おばさんにとって、兄妹を迎えた時点では引き受けられると思えたことが、生活が苦しくなるにつれ、重い負担に感じられた可能性があります。

ただし、「本当はずっと優しかった」「心の中では兄妹を大切にしていた」とまで断定することはできません。それでは、描かれた冷たい扱いを、想像で和らげることになってしまいます。

考えたいのは、温かく迎えることのできた人が、なぜその態度を保てなくなったのか、という変化です。

余裕がなくなれば、人は目の前の負担に敏感になることがあります。それまで受け入れられたことが、急に不公平に思えてしまう。おばさんの変化も、そうした人間の弱さと重ねて読むことができます。

「自分やったら、いつまでも気持ちよく助けられるやろか」と考えると、簡単に答えは出せないんよな。ただ、その迷いを持つことと、兄妹への扱いを肯定することは別です。

事情が分かっても、子どもが傷つくことは変わらない

おばさんの側に生活上の負担がある一方、清太と節子も、頼れる場所を必要としている子どもです。

清太は14歳、節子は4歳。公式人物紹介でも、その年齢が明示されています。清太は妹を守る立場に立ちますが、自分自身も保護や助けを必要とする年齢です。

大人の側に切実な事情があることと、子どもの側に守られる必要があることは、同時に成り立ちます。

おばさんが大変なのだから、清太は傷つくべきではない。清太たちがかわいそうなのだから、おばさんに負担を感じる余地はない。どちらか一方に寄せてしまうと、この共同生活の苦しさを捉えにくくなります。

特に節子は、清太とおばさんの関係を調整できる立場ではありません。大人と兄の間で何が起きていても、自分の食事や居場所は、その関係に左右されてしまいます。

清太との対立では「住める家」と「頼れる居場所」が離れていく

おばさんの家は、兄妹にとって雨風をしのげる生活の拠点です。しかし、関係が悪くなっていくなかで、清太にとっては、そこに居続けること自体が苦しくなったとも考えられます。

これは、家があることと、安心してそこにいられることの違いです。

世話になっているという事実はあっても、自分たちが歓迎されていないと感じれば、助けを求める言葉は出しにくくなります。逆に、受け入れている側は、自分の負担を相手が分かっていないと感じるかもしれません。

こうして考えると、二人の関係には、食料不足だけでは説明しきれない、共同生活のなかでの気持ちのすれ違いも見えてきます。

ただし、清太が苦しいと感じたことから、その後の選択が安全だったとは言えません。居づらい家を離れたい気持ちと、幼い妹と生きていくために必要な支え。その二つが一致しないところに、この関係の厳しさがあります。

清太たちは追い出された?家を出るまでの関係を考える

清太と節子は、やがておばさんの家を離れ、横穴壕で二人だけの暮らしを始めます。

この展開について、日本テレビの公式あらすじでは、おばさんとの関係が悪くなった後、兄妹が家を出る流れとして紹介されています。

出典:日本テレビ「金曜ロードシネマクラブ」『火垂るの墓』ストーリー紹介

「おばさんが兄妹を追い出した」とだけ説明すると、清太自身が家を離れる選択をしたことが見えにくくなります。一方で、自分から出ていったのだから、おばさんとの関係は無関係だったとも言えません。

ここでは、退去を選んだことと、そこに居続けるのが苦しくなることを分けて考えたいところです。

家を出る選択には、妹を守る責任も伴っていた

おばさんの家を離れれば、気まずい共同生活から距離を置けます。しかし、同時に、大人と暮らすことで得られていた生活の支えも失うことになります。

横穴壕での暮らしは、兄妹にとって自分たちの時間を取り戻す面もあったと考えられます。ただ、居心地がよいことと、生きていける条件がそろっていることは別です。

清太の立場からすれば、妹と二人で暮らすほうがよいと思えたのかもしれません。それでも、食べ物を確保し、幼い子どもの体調を守り続ける負担まで、二人だけで引き受けられるのかという問題は残ります。

その判断を後から見ると、「家に残ればよかったのに」と言いたくなる。でも、清太自身は結末を知りません。今いる場所で感じる苦しさと、これから起こる危険を、冷静に比べられたとは限らないんよな。

これは清太の選択を正しかったとする考察ではありません。危うい選択をしたことと、その選択に至った事情を理解することは、両立します。

おばさんは悪い人?一つの評価では捉えにくい理由

おばさんには、兄妹を受け入れた面と、次第に疎ましく扱った面があります。どちらも、この人物を考えるうえで外せません。

最初に助けたのだから、その後の態度も問題ない。後に冷たくなったのだから、最初の受け入れも偽りだった。そのどちらも、描かれていること以上に結論を急いでしまいます。

清太との関係悪化を、節子の責任にはできない

おばさんと清太の対立を考えるとき、節子の立場を置き去りにしないことも大切です。

仮に清太の判断や振る舞いに問題があったと考えても、それで幼い節子への冷たい扱いまで説明し切れるわけではありません。節子には、共同生活の条件を話し合ったり、別の生活手段を探したりする力はありません。

清太をどう評価するかとは別に、節子が守られる必要はなくならないのです。

兄への不満が、兄妹二人の居場所のなさにつながっていく。そのように読むと、この対立は当人同士だけで完結する問題ではなくなります。

おばさんへの理解を、人物の美化にしない

生活の困窮を踏まえると、おばさんの負担にも目を向けられます。しかし、そこから「厳しい態度は、すべて兄妹のためだった」と解釈する根拠はありません。

優しさが隠れていたはずだと補うよりも、受け入れた相手を、途中から疎ましく扱うようになったという変化を、そのまま受け止めるほうが、この人物の厳しさは伝わると思います。

助ける側が疲れてしまうことはある。それでも、その疲れが弱い立場の人に向かったとき、何が起きるのか。おばさんは、その問いを考える手がかりになる人物です。

おばさんはその後、後悔したのか

兄妹の行く末を知ると、「おばさんは後で後悔したのだろうか」と気になるかもしれません。

ただし、今回確認した公式の人物紹介やあらすじには、おばさんがその後に何を知り、どう感じたのかを確定できる説明はありません。そのため、後悔した、しなかったのどちらも、事実として付け加えることはできません。

ここで想像をするなら、それは物語の確定した続きではなく、読者自身が考える余地になります。

そして、おばさんが後悔したかどうかを決めなくても、兄妹との共同生活で何が失われたかは考えられます。困ったときに頼れる親戚という関係が、暮らしの苦しさのなかで支えとして機能しなくなっていった。その過程自体が重いのです。

まとめ|おばさんの事情と、兄妹の苦しさを両方見る

『火垂るの墓』のおばさんは、西宮に暮らす清太の父方の遠い親戚です。清太の母とは、空襲で焼け出された際に助け合う約束があり、最初は兄妹を温かく迎えます。

しかし、物資が乏しくなるにつれて関係が悪化し、やがて清太と節子は家を離れます。おばさんの厳しい態度には生活の困窮が重なっていますが、それによって子どもたちの傷つきやすさが消えるわけではありません。

おばさんを考察するときは、受け入れる側の負担と、助けを必要とする兄妹の立場を、どちらも見落とさないことが大切です。

助け合う約束があった場所で、どうして一緒に暮らせなくなったのか。誰が悪かったかを決めるだけでなく、関係が壊れていく途中に目を向けると、この人物の存在がいっそう重く感じられるのではないでしょうか。

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