『火垂るの墓』ニテコ池と記念碑はどこ?西宮ゆかりの地を紹介

『火垂るの墓』にゆかりのあるニテコ池は、どこにあるのでしょうか。また、近くにあるという記念碑も、一緒に訪ねられる場所なのでしょうか。

結論からいうと、ニテコ池は兵庫県西宮市満池谷町にあり、『火垂るの墓』の記念碑は、池の東側に隣接する西宮震災記念碑公園にあります。池と記念碑は近接していますが、所在地を調べるときには、それぞれの名前で確認すると分かりやすくなります。

ニテコ池は、野坂昭如の小説『火垂るの墓』の舞台として西宮市が紹介している場所です。一方、記念碑は2020年6月に建立されたもので、物語の舞台と、その記憶を伝えるために後から設けられた場所という違いがあります。

この記事では、ニテコ池と記念碑の所在地、作品との関係、訪れる前に知っておきたい点を整理します。物語の結末の詳しい解説は扱いません。

ニテコ池と『火垂るの墓』記念碑はどこにある?

ニテコ池は西宮市満池谷町にある

兵庫県の公式観光サイトでは、ニテコ池の住所を「兵庫県西宮市満池谷町12」と案内しています。

阪急電鉄の苦楽園口駅からは徒歩約10分という案内があります。ただし、これはニテコ池への目安です。池のどの場所を目的地にするか、記念碑まで歩くかによって所要時間は変わります。

出典:兵庫県公式観光サイト「ニテコ池」

映画のゆかりの地というと、山奥や遠い場所を想像するかもしれません。しかし、ニテコ池は、西宮のまちの中にある場所です。作品をきっかけに、普段は通り過ぎてしまう土地の名前へ目が向く。そんな入口にもなるのではないでしょうか。

記念碑は、池の東側にある西宮震災記念碑公園内

『火垂るの墓』の記念碑があるのは、ニテコ池の東側に位置する西宮震災記念碑公園です。西宮市が案内する公園の所在地は「西宮市奥畑5番」です。

池の案内に出てくる「満池谷町」と、公園の案内に出てくる「奥畑」は、同じ住所ではありません。ただし、離れた地域にあるわけではなく、池と公園が隣接しています。

所在地を整理すると、次のようになります。

訪ねる場所所在地・位置作品との関係
ニテコ池兵庫県西宮市満池谷町12小説『火垂るの墓』の舞台として紹介されている池
『火垂るの墓』記念碑西宮震災記念碑公園内(西宮市奥畑5番)2020年6月に建立された記念碑

出典:西宮市「西宮震災記念碑公園」/西宮市「市内の平和モニュメントや戦争関連遺跡など」

地図では、池を見るなら「ニテコ池」、記念碑を訪ねるなら「西宮震災記念碑公園」を目印にすると整理しやすくなります。

ニテコ池と『火垂るの墓』には、どんな関係がある?

西宮市が、小説の舞台として紹介している場所

西宮市は、ニテコ池を野坂昭如の小説『火垂るの墓』の舞台として紹介しています。作品では、兄妹が池のほとりの防空壕で暮らし、生き延びようとする時間が描かれます。

出典:西宮市「令和7年8月・秋蛍 祈る平和や ニテコ池」

この点で、ニテコ池は、名前や風景が似ていることからファンが結び付けた場所とは異なります。自治体が作品との関係を明記している、ゆかりの地です。

ただし、小説の舞台であることと、映画のすべての背景が現地をそのまま写していることは同じではありません。現実の土地と、物語のために構成された風景は分けて受け止める必要があります。

作品の中に入ったような景色を探す楽しみはあっても、「画面のこの場所と完全に同じはず」と決めつけずに歩きたいところです。

「映画のロケ地」という言葉は、少し分けて考えたい

兵庫県の公式観光サイトでは、ニテコ池が『火垂るの墓』に登場する場所として案内されています。

一方、アニメーション作品で使われる「ロケ地」という言葉は、俳優が現地で演技し、撮影した場所という意味とは異なる場合があります。作品の舞台や、背景を考えるうえで関係する土地として使われることがあるからです。

ニテコ池については、まず『火垂るの墓』の舞台として公式に紹介される、実在する場所と捉えると分かりやすくなります。

物語の風景が、実際のまちとつながっている。それを知ると、兄妹の暮らしも、遠い架空の世界だけの出来事としては考えにくくなるのではないでしょうか。

『火垂るの墓』記念碑は、いつ、誰が建てた?

2020年6月に、募金によって建立された

西宮市の公式案内によると、『火垂るの墓』記念碑は2020年6月に建立されました。

市が西宮震災記念碑公園の一角を提供し、「火垂るの墓」記念碑建碑実行委員会が建立。趣旨に賛同した個人や団体から、募金が寄せられたと説明されています。

また、市の案内では、維持管理は「火垂るの墓」記念碑委員会が行っているとされています。市立公園の中にあることと、市が記念碑そのものを管理していることは、同じではありません。

出典:西宮市「『火垂るの墓』記念碑」の紹介

この経緯から考えると、記念碑は、作品の名前を示すだけの目印ではありません。野坂昭如の戦争体験を踏まえて生まれた物語と、その舞台になった土地を、後の世代へ伝えようとする取り組みでもあると受け取れます。

映画を知っているから足を運ぶ。その場所で、作品が生まれた背景にも目を向ける。そういう順番で土地を知ることにも、意味があるんやと思います。ニテコ池と記念碑へのアクセスは?

阪急苦楽園口駅から、徒歩で訪ねられる

公共交通機関を使う場合は、阪急甲陽線の苦楽園口駅が目印になります。

兵庫県の公式観光サイトでは、ニテコ池まで徒歩約10分、西宮市の公園案内では、西宮震災記念碑公園まで徒歩15分とされています。目的地が異なるため、数字にも違いがあります。

出典:兵庫県公式観光サイト「ニテコ池」/西宮市「震災記念碑公園・バリアフリー情報」

訪ねる順番としては、駅からニテコ池へ向かい、池の東側にある記念碑へ足を延ばす形が考えられます。記念碑を先に訪ねたい場合は、公園を目的地として地図を確認してください。

徒歩時間はあくまで目安です。写真を撮ったり、案内を読んだりする時間は含まれていないので、移動時間だけで予定を詰めないほうが、落ち着いて見て回れます。

車の場合は、池の専用駐車場がない点に注意

兵庫県の公式観光サイトでは、ニテコ池の駐車場は「なし」と案内されています。

車で訪ねる場合は、池のそばに駐車できる前提で向かわず、利用できる駐車場を事前に確認してください。周辺道路での路上駐車や、近隣施設への無断駐車は避けましょう。

また、地図上で池まで近く見えても、記念碑への歩く経路まで同じとは限りません。駐車場所を探す場合も、池と公園の両方の位置を確認しておくと、現地で迷いにくくなります。

アクセス情報の確認日:2026年10月29日。訪問前には、リンク先の公式案内や現地の掲示も確認してください。

現地で、映画の防空壕や蛍は見られる?

作品の舞台であることと、防空壕を見学できることは別

ニテコ池が作品の舞台だと知ると、「清太と節子が暮らした防空壕も見られるのだろうか」と気になるかもしれません。

ただし、今回確認した自治体・観光の公式案内からは、映画に登場する防空壕を、現在、内部まで見学できる施設として公開していることは確認できませんでした。

物語に登場する場所を訪ねることと、その設備が当時の状態で残り、見学用に開放されていることは別です。「池へ行けば防空壕にも入れる」とは考えないようにしたいところです。

現地では、立ち入り可能な道や場所から風景を眺め、柵の内側や管理区域などへ入らないようにしてください。

映画と同じ場所を探したくなる気持ちはあっても、現在そこにある暮らしや管理のルールを大切にする。それも、ゆかりの地を訪ねるうえで必要なことやと思います。

蛍の観賞を目的にする場合は注意が必要

『火垂るの墓』とニテコ池の組み合わせから、今も蛍が見られる場所だと想像する人もいるでしょう。

しかし、西宮市の2025年9月10日更新の紹介ページには、市の調査ではニテコ池でのホタルの生息を確認していない旨が記されています。

出典:西宮市「令和7年8月・秋蛍 祈る平和や ニテコ池」

作品に蛍が登場することを理由に、現在のニテコ池で蛍を観賞できるとは案内できません。

これは、あらゆる時期の生息を否定するという意味ではなく、確認した市の案内での状況です。少なくとも、蛍を見ることを前提に夜間の訪問予定を立てるのは避けたほうがよいでしょう。

西宮震災記念碑公園は、追悼のための場所でもある

『火垂るの墓』の記念碑だけがある公園ではない

西宮震災記念碑公園は、阪神・淡路大震災の犠牲者を追悼し、震災の記憶や教訓を後世へ伝えるために整備された公園です。

園内には犠牲者の名前を刻んだ追悼の碑や、震災の記録を伝える展示があります。『火垂るの墓』記念碑は、その公園の一角に建立されています。

出典:西宮市「西宮震災記念碑公園」

作品をきっかけに訪れる場合も、公園全体がどのような場所なのかを知っておくと、見え方が変わります。写真を撮るだけでなく、碑文や案内に目を向ける時間も持ちたいところです。

戦争と震災は、それぞれ背景も原因も異なります。同じ公園に記念碑があるからといって、同じ出来事としてまとめることはできません。ただ、失われた命や暮らしの記憶を、今を生きる人が受け取る場所であることは、訪問時に心に留めておきたいと思います。

「聖地巡礼」の先に、土地の記憶がある

ここからは考察ですが、ニテコ池と記念碑を訪ねる意味は、映画の風景に似た場所を見つけることだけではないように思います。

作品の中では、池のほとりが兄妹の暮らす場所になります。現実の土地を知ることで、物語が生まれた背景や、その記憶を伝えようとする人々の取り組みにも目が向きます。

もちろん、現地へ行かなければ作品を理解できないわけではありません。また、訪れたら必ず何か特別な感情が湧くとも限りません。

それでも、名前だけ知っていた場所を地図で確かめ、記念碑が建てられた経緯を知る。その一つひとつが、映画を見終わった後の考えを少し広げてくれるかもしれません。

「あの映画の場所なんや」という関心から入って、その土地が伝えていることへ耳を傾ける。そんな訪ね方もあるのではないでしょうか。

まとめ|ニテコ池と記念碑は、西宮で一緒に訪ねられるゆかりの地

ニテコ池は兵庫県西宮市満池谷町にあり、『火垂るの墓』記念碑は、東側に隣接する西宮震災記念碑公園内にあります。阪急苦楽園口駅から、それぞれ徒歩で訪ねられる場所です。

池は小説の舞台として紹介され、記念碑は2020年6月に建立されました。作品ゆかりの土地と、その記憶を後世へ伝える場所を、あわせて知ることができます。

一方で、防空壕の内部見学は今回の公式資料では確認できず、蛍についても、市の紹介ページには生息未確認との記載があります。映画の描写と現在の現地の状況は、分けて考えてください。

訪問するなら、池の風景だけでなく、記念碑と公園の案内にも目を向け、地域の暮らしや追悼の場に配慮しながら歩きたいところです。

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