『火垂るの墓』監督は高畑勲|宮崎駿との混同と制作情報を整理

『火垂るの墓』の監督は、宮崎駿だったでしょうか。それとも高畑勲だったでしょうか。ジブリの映画として覚えていても、監督名まで聞かれると、少し迷うことがあるかもしれません。

最初に答えると、1988年のアニメ映画『火垂るの墓』の監督は高畑勲です。脚本も高畑勲が担当しており、宮崎駿の監督作品ではありません。

原作は野坂昭如の小説です。「原作を書いた人」「映画の脚本・監督を担当した人」「アニメーションを制作したスタジオ」を分けると、制作情報が整理しやすくなります。

この記事では、公式のスタッフ情報をもとに監督と原作者の役割を確認し、宮崎駿監督の『となりのトトロ』との関係も紹介します。物語の結末には踏み込まず、制作の基本情報を中心に解説します。

『火垂るの墓』の監督・脚本は高畑勲

スタジオジブリ公式サイトでは、『火垂るの墓』の「脚本・監督」として高畑勲の名前が記載されています。

高畑勲の名前は、「たかはた・いさお」と読みます。本作では、原作小説を映画として構成する脚本と、映像作品の演出をまとめる監督の両方を担当しました。

主な制作情報は、次のとおりです。

項目公式の作品情報
作品名火垂るの墓
原作野坂昭如(新潮文庫版)
脚本・監督高畑勲
音楽間宮芳生
主な声の出演辰巳努、白石綾乃
公開日1988年4月16日
上映時間約88分
配給東宝

出典:スタジオジブリ公式『火垂るの墓』作品情報

監督名を確認したい場合は、この公式情報が明確な答えになります。作品の印象や絵柄から推測する必要はありません。

また、ここで扱っているのは1988年のアニメ映画です。同じ題名を持つ映像作品を調べる場合にも、公開年やアニメ・実写の区別を確認すると、別作品のスタッフ情報との混同を防げます。

『火垂るの墓』は宮崎駿の監督作品ではない

『火垂るの墓』を「宮崎駿の映画」として紹介すると、監督の担当について誤解が生じます。本作の脚本・監督は、公式に高畑勲と示されています。

一方、同じスタジオジブリの『となりのトトロ』では、原作・脚本・監督を宮崎駿が担当しています。作品ごとに担当が異なるのです。

出典:スタジオジブリ公式『となりのトトロ』作品情報

この二作を比べると、「ジブリ」という共通点だけでは監督を特定できないことが分かります。

作品監督原作
火垂るの墓高畑勲野坂昭如の小説
となりのトトロ宮崎駿宮崎駿

映画を思い出すとき、作品名や登場人物は覚えていても、スタッフの担当までは曖昧になりがちです。ただ、制作について説明する際には、スタジオの名前と、その作品を監督した人の名前を分けるだけで、かなり正確になります。

なお、「宮崎駿の監督作品ではない」という確認から、制作中の交流や助言の有無まで断定することはできません。まず押さえたいのは、映画の監督としてクレジットされているのが高畑勲だという点です。

宮崎駿と混同しそうになる背景は?

なぜ監督名を迷うのかについて、個々の読者の理由まで決めることはできません。ただ、作品を整理するうえで、混同につながり得る共通点はあります。

一つは、『火垂るの墓』も『となりのトトロ』も、スタジオジブリの作品として紹介されていることです。スタジオ名を中心に覚えていると、作品ごとの監督の違いを意識する機会が少ないかもしれません。

もう一つは、この二作が、もともと一緒に劇場公開された作品だということです。

これは「混同の原因が公式に説明されている」という意味ではありません。同じスタジオで作られ、同じ日に二本立てで公開されたという関係が、二作を結びつけて覚える背景になり得るという整理です。

ジブリの名前でひとまとめにすると、同じ人が作ったように感じることもあるんよな。でも、監督名を知ると、一つのスタジオの中にも違う作り手がいることが見えてきます。

『となりのトトロ』と『火垂るの墓』は二本立てで公開された

スタジオジブリ公式の年表には、1988年4月に『となりのトトロ』と『火垂るの墓』が二本立てで公開されたことが記されています。

また、その前年の1987年4月には、長編二本を同時に制作するため、第2スタジオを設けたことも確認できます。

出典:スタジオジブリ公式「スタジオジブリの年表」

つまり、同じ年に偶然公開日が重なっただけではありません。二本の長編作品が並行して制作され、劇場では組み合わせて公開されたという関係です。

ただし、二本立てだったことは、二人が同じ映画を共同監督したという意味ではありません。『火垂るの墓』は高畑勲、『となりのトトロ』は宮崎駿。それぞれの作品に、それぞれの監督がいます。

この関係を知っておくと、「トトロと一緒に上映された映画だから宮崎駿が監督したのだろう」という取り違えも避けられます。

二作を並べた公開の形と、各作品の制作上の担当は、別々に確認する必要があるのです。

原作者の野坂昭如と、高畑勲の役割も分けて考える

監督名とあわせて整理したいのが、原作者の存在です。『火垂るの墓』は、高畑勲が一から物語を発案したオリジナル映画ではなく、野坂昭如の同名小説を原作としています。

原作を文章として書いたのが野坂昭如。その小説をもとに、映画の脚本を作り、演出を担ったのが高畑勲です。

そのため、作品の背景を語る場合にも、原作者の体験や執筆についての話と、映画監督の表現についての話を区別することが大切です。

野坂昭如の原作を、高畑勲が脚本・監督として映画化した。この関係を押さえると、『火垂るの墓』の制作情報を混同せずに理解できます。

映画のある表情や音、画面の見せ方について考えるときも、それを直ちに原作者の意図と決めつけることはできません。原作を受け取り、映像へと表現し直した作り手の仕事が、その間にあるからです。高畑勲は『火垂るの墓』をどのように映画化しようとした?

監督名が分かると、次に気になるのは、高畑勲が原作のどこにひかれ、どのような映画を作ろうとしたのかということです。

朝日新聞による過去のインタビューを再構成したwithnewsの記事では、高畑監督自身が、兄妹が死へ向かっていく過程を、閉じた世界の中で描く原作の構造にひかれたと説明しています。アニメーションなら、その物語を新しい求心力で描けるのではないかという、表現上の関心があったと語っています。

出典:withnews「高畑勲監督が語る『火垂るの墓』」

同じインタビューでは、自身が岡山市で空襲を経験したことも、作品に向き合う基盤として挙げています。ただし、その経験があることだけで、映画のすべての場面を説明できるわけではありません。

自身の戦争体験を持つ作り手が、野坂昭如の小説を読み、アニメーションとしてどう表現できるかを考えた。ここに、原作者とは別に、脚本・監督を務めた高畑勲の仕事があります。

「戦争の話だから映画にした」という説明だけでは、そこで選ばれた語り方や映像の工夫までは見えてきません。何を描くかに加えて、どう見せるかを考えることも、映画監督の仕事なのです。

映画の制作資料から、高畑勲の仕事を知ることもできる

『火垂るの墓』の制作について、さらに知りたい場合は、監督の発言や、実際の制作資料をたどる方法があります。

新潮社の『高畑勲と「火垂るの墓」―「幻の脚本」と「7冊の構想ノート」を読み解く―』は、NHKディレクターの寺越陽子による、映画の誕生を追った書籍です。

出版社の公式案内によると、高畑監督の没後に見つかった構想ノートを読み解き、当時の制作スタッフへの取材などを通して、原作小説が映画になるまでの過程を探っています。

出典:新潮社公式発表『高畑勲と「火垂るの墓」』刊行案内

この本は、野坂昭如が書いた原作小説そのものではありません。原作を読んで物語を知る本と、映画の制作過程を調べる本は、目的が異なります。

原作者の名前を確認したいのか、監督の考えを知りたいのか、制作現場の仕事を知りたいのか。疑問に合う資料を選ぶと、知りたいことに近づきやすくなります。

制作の背景を知ると、「この映画は高畑勲が監督した」という情報が、単なる名前の暗記ではなくなります。原作をどう受け止め、どんな映画へ組み立てようとしたのか。その選択の積み重ねとして、監督の仕事が見えてくるからです。

監督の発言と、見る側の解釈は分けておきたい

映画について調べると、「監督はこの場面でこう伝えたかった」という説明に出会うことがあります。しかし、そのすべてが本人の発言に基づいているとは限りません。

作品から読み取れる意味を考えることには価値があります。ただし、それを監督の意図として説明するなら、インタビューや制作資料などの根拠が必要です。

たとえば、ある表情から孤独を感じたとしても、本人の説明を確認していなければ、「孤独を伝えるためにこの表情にした」とまでは断定できません。「孤独が表れているように感じられる」と書けば、見る側の解釈として伝えられます。

また、高畑勲の発言を読む場合も、その言葉が何について述べられたものなのかを確認する必要があります。映画全体についての発言を、一つの場面の制作理由へ、そのまま当てはめることはできません。

監督が語ったこと、資料で分かる制作上の事実、観客が作品から受け取った意味。この三つを分けると、映画についてより丁寧に考えられます。

感想まで正解にそろえる必要はないんよな。誰が作ったのかという事実は確かめながら、どう受け取ったのかは、自分の言葉で考えてよいのだと思います。

高畑勲と宮崎駿を、作品の印象だけで分ける必要はない

二人の監督を覚えるために、「明るい作品は宮崎駿、重い作品は高畑勲」といった分け方をすると、かえって作品の見方が狭くなってしまいます。

映画の雰囲気は、題材や物語、映像、音楽など、さまざまな要素から生まれます。明るいか悲しいかという印象だけでは、監督名を正確に判断できません。

『火垂るの墓』と『となりのトトロ』についても、両者の違いを優劣に置き換える必要はありません。それぞれの作品に、異なる原作や構成、表現があります。

まず公式のスタッフ情報で担当を確認し、そのうえで映画をどう感じたかを考える。その順番なら、監督のイメージに合わせて作品の意味を決めつけずに済みます。

監督名を知ることは、作品を分類して終わるためではなく、作り手の選択に目を向ける入口になります。

まとめ|『火垂るの墓』は高畑勲が脚本・監督を担当した作品

1988年のアニメ映画『火垂るの墓』の監督は、高畑勲です。脚本も高畑勲が担当し、野坂昭如の小説を映画化しました。

宮崎駿が原作・脚本・監督を担当したのは、同じ日に二本立てで公開された『となりのトトロ』です。二作は公開時の組み合わせに関係がありますが、共同監督による一つの作品ではありません。

『火垂るの墓』は、原作が野坂昭如、脚本・監督が高畑勲。スタジオ名と、作品ごとの担当を分けて覚えると、宮崎駿との混同を避けられます。

監督の名前から一歩進んで、本人の発言や制作資料に触れると、小説を映像へと作り直す仕事も見えてきます。映画の内容について考える際には、その事実を土台にしながら、自分が受け取った意味を大切にしたいところです。

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