『ナウシカ』クロトワとは何者?クシャナとの関係と人物像を考察

『風の谷のナウシカ』に登場するクロトワは、クシャナのそばで軍を動かす人物です。どこか余裕のある態度で、危険な状況でも皮肉を口にするため、「この人は忠実な部下なのか、それとも自分の出世を狙っているのか」と気になるところです。

最初に答えると、映画版のクロトワは、トルメキア軍でクシャナを補佐する軍人です。命令に従う一方で、自分の立場が上がる可能性にも目を向ける、野心と現実感覚を持った人物として描かれています。

ただし、野心があるからといって、映画でクシャナを裏切る行動に出るわけではありません。口にする本音と、実際に選ぶ行動を分けて見ると、クロトワの人物像が分かりやすくなります。

この記事では、まず映画版の役割とクシャナとの関係を整理し、その言動から読み取れる性格を考察します。漫画原作の情報を扱う場合は、映画とは区別して説明します。

※ここから映画『風の谷のナウシカ』の重要な展開と結末に触れます。

クロトワとは何者?トルメキア軍でクシャナを補佐する人物

クロトワは、風の谷へ侵攻するトルメキア軍の一員です。軍を率いるクシャナのそばで、兵士への指示や状況への対応を担っています。

風の谷の人々へクシャナの言葉を伝える場面でも、クロトワは軍と住民の間に立ちます。ただ隣に控えるだけではなく、クシャナの命令を現場へ通す役割を持っているわけです。

クシャナがナウシカたちを連れて谷を離れた後には、クロトワが谷に残り、巨神兵の復活が進む状況に関わります。映画での立ち位置は、指揮官を補佐しながら、その不在時にも現場を動かす軍人と捉えると分かりやすいでしょう。

なお、映画版のクロトワの声を担当しているのは家弓家正です。日本テレビと、映像ソフトを扱うディズニーの公式作品ページで確認できます。

確認元:日本テレビ『風の谷のナウシカ』キャスト・作品紹介/ディズニー公式『風の谷のナウシカ』作品情報

落ち着いた声と、少し投げやりにも聞こえる話し方が重なることで、クロトワには独特の距離感が生まれています。目の前の出来事に参加していながら、どこか一歩引いて眺めているようにも見える人物です。

クシャナとの関係は?上官と部下でも、本音まで同じではない

映画版のクシャナとクロトワの関係は、基本的には上官と部下です。クシャナが指揮を執り、クロトワはその命令に従って動きます。

ただ、二人の関係を「絶対的な忠誠」で説明すると、クロトワの言動を取りこぼしてしまいます。

クシャナの乗る編隊が襲撃されたという報告を受けた後、クロトワは、彼女の不在が自分にとって立場を変える機会になるかもしれないと考えます。その一方で、それが自分を破滅へ導く危険でもあり得ると意識しています。

ここで見えるのは、上官の無事だけを願う部下の姿ではありません。組織の大きな変化を、自分の将来とも結びつけて考える人物です。

しかし、クシャナが戻ると、クロトワは再び彼女の部下として対応します。自分の期待が外れたからといって、そこで反乱を起こすわけではありません。

この切り替えは、状況判断の早さとも読めます。欲はある。でも、欲だけで動いて立場を失うほど無謀ではない。そういう現実的な線引きがあるんちゃうかな。

クロトワはクシャナの恋人なのか

映画には、二人が恋人であることを示す明確な描写はありません。近くで行動していることや、クロトワのくだけた態度だけで、恋愛関係と判断することはできません。

クシャナはクロトワの上官であり、クロトワは軍事行動を補佐する立場です。まずはその関係を押さえたうえで、会話ににじむ距離感を考察するのが自然でしょう。

クロトワの態度からは、クシャナに対して必要以上にかしこまり続けない人物像が読み取れます。ただし、それを特別な愛情の証拠とするには、映画の描写だけでは足りません。

クロトワの野心はどこに表れている?平民出という本人の言葉

クロトワは、巨神兵が鼓動する様子を前に、自分が平民出であることに触れます。そして、目の前の状況が自分に巡ってきた好機なのか、それとも危険な落とし穴なのかを考えます。

ここで分かるのは、本人が、自分の出自と出世の可能性を意識していることです。ただし、映画では幼少期や、軍で現在の立場に至るまでの経歴が詳しく描かれているわけではありません。

そのため、「貧しい家庭で育った」「過去に何度も昇進を妨げられた」といった具体的な人生まで補うことはできません。

それでも、クシャナの不在を機会として捉える言動と合わせると、今の立場に満足しきっている人物ではないことがうかがえます。命令をこなすだけでなく、自分にも何かをつかむ機会がないかと見ているのでしょう。

ここには、組織の中で働く人間の欲や矛盾を重ねて読む余地があります。上の人間に従いながら、その人がいなくなれば自分の番が来るかもしれないと考える。口には出しにくい本音ですが、クロトワはそれを隠しきらない人物です。

ただ、出世の可能性を考えることと、上官を排除するために行動することは別です。映画のクロトワは、この二つを一緒にしないことで、単純な裏切り者とは違う人物として見えてきます。

皮肉な態度から読み取れる、クロトワの現実感覚

クロトワは、危険な出来事に対しても、感情を大きく表へ出すより、皮肉や独り言で反応する場面があります。

それは冷たさにも見えますが、別の見方をすれば、期待しすぎないための姿勢とも考えられます。好機が来たと思っても、それが安全なものとは限らない。上官が戻れば、自分の思い描いた展開は終わる。その変化を受け入れる速さがあります。

もちろん、皮肉を言えることだけで、優秀な軍人だと断定することはできません。それでも、クロトワの言葉には、自分の都合だけでは状況が動かないと分かっている人間の感覚がにじんでいます。

大きな理想を語る人物のそばで、今日をどう切り抜けるかも考えている。クロトワに注目すると、戦争の物語の中に、組織で生きる一人の人間の顔が見えてきます。

「腐ってやがる」は何を指す?巨神兵の状態を見た言葉

クロトワの人物像を考えるうえで外せないのが、巨神兵が崩れていく場面です。

王蟲の大群が風の谷へ迫る中、クシャナは巨神兵を戦力として使おうとします。しかし、十分に育っていない巨神兵は、攻撃を放ちながらも体を維持できず、崩れていきます。

その様子を見たクロトワの「腐ってやがる」という言葉は、目の前で崩壊する巨神兵の状態を指しています。人間の性格や、社会の腐敗を語っている場面ではありません。

ここで重要なのは、巨大な兵器が出てきても、クロトワがその力だけに目を奪われていないことです。期待された戦力として機能しているか、今の状態で使えるのかを見ています。

もちろん、異常に気づいたからといって、彼一人で危機を解決できるわけではありません。それでも、クシャナが巨神兵の力に賭ける場面で、クロトワの言葉は、その期待と現実のずれを端的に示しています。

大きな力があれば何とかなるはずだったのに、実際には頼れない。その瞬間に出てくる言葉が、勇ましい演説ではなく、あの短い一言なんよな。そこにクロトワらしい現実感覚が表れています。

クロトワは有能なのか?終盤の行動から考える

クロトワを評価するなら、皮肉な言葉だけでなく、危機の中で何をしたかを見る必要があります。

映画の終盤では、巨神兵によって王蟲の群れを止めることができず、トルメキア軍も危険にさらされます。その混乱の中で、クロトワはクシャナを助けます。

前半で触れたように、彼はクシャナの不在を自分の好機として考えた人物です。しかし、実際に彼女が危険な状況に置かれたときには、助ける側へ回っています。

クロトワの野心と、上官を助ける行動は、同じ人物の中に両方存在しています。

この行動だけで、彼の内心を純粋な忠誠や愛情と決めることはできません。軍人としての責任、上官を失うことへの判断、個人的な感情など、複数の読み方ができます。

ただ、少なくとも、クシャナがいなくなれば自分に都合がよいと考えることと、彼女を見捨てることは、彼の中で同じではなかったのでしょう。

クロトワの有能さは、すべてを見通して勝利へ導く天才というより、状況が変わったときに、その場で必要な行動へ切り替えられる実務的な能力として考えると捉えやすくなります。

クロトワは「いい人」?風の谷を侵攻する側という立場

クロトワには、軽口や人間くさい本音があります。そのため、クシャナとは違う親しみやすさを感じる読み方もできるでしょう。

しかし、そこで忘れたくないのは、彼が風の谷を侵攻する軍の一員であることです。

谷の住民にとって、クロトワは面白いことを言うおじさんではなく、武力を背景に命令を通す側の人物です。彼のくだけた態度が、侵攻や占領の重さを消すわけではありません。

日本テレビの公式紹介でも、トルメキアがペジテから巨神兵を奪い、その巨神兵を追って風の谷へやってくる流れが説明されています。

確認元:日本テレビ『風の谷のナウシカ』ストーリー紹介

人物として興味深いことと、その人物が参加している行動を肯定できることは別です。クロトワは、その二つを分けて考えさせる登場人物でもあります。

上官を助けたから、それ以前の軍事行動まで正しくなるわけではありません。反対に、侵攻する側だからといって、本人の迷いや判断をすべて無視すると、人物像が平面的になってしまいます。

「いい人か、悪い人か」だけで分けるより、どんな立場で、何を望み、どの場面で何を選んだのかを見るほうが、クロトワの複雑さに近づけるのではないでしょうか。

映画と漫画原作のクロトワは、設定を分けて考える

『風の谷のナウシカ』には、宮﨑駿による漫画原作があります。ただし、漫画で描かれる人物の背景や出来事を、そのまま映画の設定として扱うことはできません。

映画で分かるクロトワの人物像は、クシャナを補佐する立場、平民出という本人の言葉、出世への期待、危機に対応する行動などから組み立てる必要があります。

漫画原作の王家の事情や、映画に登場しない任務・人間関係を使って、映画のクロトワの本音を断定するのは避けたいところです。

この記事では、原作の具体的な場面を確認できていないため、それらを根拠にした人物像の比較は行っていません。ここまでのクシャナとの関係や性格の考察は、映画版の描写を対象にしています。

媒体を分けることで、映画では説明されていないことを、説明済みの設定だと思い込まずに済みます。映画のクロトワには、短い登場場面だけでも読み取れる面白さがあります。

クロトワが映す、組織の中で生きる人間の矛盾

ナウシカは、人間と蟲の双方を守ろうとします。クシャナは、強大な軍事力によって事態を動かそうとします。そのそばでクロトワは、自分の立場や生き残る可能性にも目を向けています。

そのため、クロトワは、大きな理想や使命だけでは動かない人間の姿を物語へ持ち込んでいると考えられます。

上の立場へ進みたい。しかし、機会が来たからといって安全とは限らない。上官への不満や欲があっても、危険なときには助ける。そうした矛盾が、言葉と行動の間にあります。

きれいな本音だけで生きているわけではない。でも、欲があるから何でもするわけでもない。この揺れがあるから、クロトワは単純な悪役の部下では終わらないんちゃうかな。

ただし、これは映画の描写からの解釈です。監督がクロトワを特定の職業や社会人の象徴として描いたと、本人の発言なしに断定することはできません。

まとめ|クロトワは、野心と現実感覚を持つクシャナの部下

映画版のクロトワは、トルメキア軍でクシャナを補佐する人物です。上官に従う一方で、自分の出世の可能性にも目を向け、状況の変化に合わせて行動します。

クシャナとの関係は、映画では上官と部下として描かれています。恋愛関係を示す明確な描写はなく、原作の背景をそのまま映画へ当てはめることもできません。

クロトワを理解する鍵は、皮肉や野心だけで判断せず、危機の中で実際に選んだ行動まで見ることです。

口では自分の好機を考えながら、いざというときにはクシャナを助ける。その一方で、風の谷を侵攻する軍の一員でもある。クロトワは、人間の欲、責任、立場が簡単には一つにまとまらないことを感じさせる人物です。

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