『ナウシカ』レクイエムは誰が歌っている?「ランラン」の曲を紹介

『風の谷のナウシカ』で流れる、幼い子どもの「ランラン」という歌声。曲は覚えていても、誰が歌っているのか、正式な曲名は何なのか、気になる人もいるのではないでしょうか。

最初に答えると、映画であの歌声を担当したのは、久石譲の娘である麻衣さんです。歌った当時は、わずか4歳でした。「ナウシカ・レクイエム」として知られる曲ですが、映画のサウンドトラックには、関連して覚えておきたい「遠い日々」という曲名もあります。

この記事では、歌っている人と作曲者、幼い歌声が採用された経緯を紹介します。あわせて、曲を探すときに混同しやすいタイトルや、映画の音楽と主題歌の違いも整理していきます。

まずは歌声と楽曲の情報を中心に紹介し、後半では映画の場面に触れながら、その響きが物語にどうつながるかを考えます。

『ナウシカ』の「ランラン」を歌っているのは麻衣

「ランラン」の歌声を担当している麻衣さんは、音楽家・久石譲の娘です。麻衣さんの公式プロフィールにも、4歳のときに『風の谷のナウシカ』の「ナウシカ・レクイエム」を歌ったことが記載されています。

また、日本コロムビアの公式紹介でも、父が久石譲であることと、4歳でこのメロディーを歌ったことが確認できます。映画のために大人の歌手が子どもの声を演じたのではなく、実際に幼い子どもが歌っていたのです。

出典:麻衣公式サイト|プロフィール、日本コロムビア|麻衣の紹介

あの歌声には、言葉で気持ちを説明する歌とは違う印象があります。声そのものの幼さや、素朴な響きが、聴く人に無垢なものを感じさせるのかもしれません。

ただし、「子どもの声だから純粋な心を表している」と、制作側の意図として断定することはできません。ここでは、歌唱者と年齢は確認できる事実、声から受ける印象は解釈として分けて考えたいところです。

4歳の歌声が、映画の印象的な音楽として残っている。そう知ると、整った歌唱技術だけでは説明できない、声の力を考えたくなります。うまく歌うことと、その場面に必要な響きになることは、少し違うんやろなと思える話です。

「ナウシカ・レクイエム」の作曲者は久石譲

『風の谷のナウシカ』の音楽を担当したのは久石譲です。スタジオジブリの作品紹介と、徳間ジャパンのサウンドトラック紹介で確認できます。

つまり、映画の「ランラン」の歌声には、父・久石譲が手がけた音楽を、娘・麻衣さんが歌うという関係があります。ただし、映画全体の音楽を麻衣さんが担当したわけではありません。作曲・音楽担当と歌唱担当は分けて捉える必要があります。

出典:スタジオジブリ|『風の谷のナウシカ』作品情報、徳間ジャパン|『風の谷のナウシカ』サウンドトラック

久石譲の音楽というと、大きなオーケストラの響きや、印象的なピアノの旋律を思い浮かべる人もいるでしょう。しかし、この歌声は、幼い一人の声が強い存在感を持っています。

壮大な世界を描く映画の中で、小さな声が響く。その対比によって、物語を遠い世界の出来事として見るだけでなく、一人の子どもの記憶や感情に近づくような聴き方もできます。

これは楽曲の受け取り方の一つですが、『ナウシカ』の音楽を考えるとき、音の大きさだけが場面の重みを決めるわけではないことに気づかせてくれます。

なぜ4歳の麻衣の歌声が採用されたのか

麻衣さんの歌声が使われた経緯については、2014年のシネマトゥデイの記事で紹介されています。

記事によると、久石譲は当初、ボーイソプラノで録音することを考えていました。そこで、曲のイメージを伝えるために、4歳の麻衣さんに歌ってもらったところ、そのデモテープを宮崎駿監督が気に入り、採用につながったとされています。

最初から完成版の歌唱者として決まっていた、という説明ではなく、イメージを伝えるための歌声が採用されたという経緯です。

出典:シネマトゥデイ|ナウシカのあの歌を30年ぶりに本人が歌う!収録当時4歳

この話から確認できるのは、当初の録音案と、宮崎監督がデモの歌声を気に入ったことです。監督が具体的にどの響きに惹かれたのかまで、こちらで補うことはできません。

ただ、完成された歌唱へ置き換えるより、その声を残す方が映画に合うと判断された、と受け取ることはできます。音程や発声を整えることだけでは得られない印象が、そこにあったのかもしれません。

仮に伝えるためのものが、そのまま作品に必要なものになる。制作の過程には、そういう出会いもあるんやなと考えさせられます。あの歌声を「有名な作曲家の娘だから」で片づけると、この採用の経緯を見落としてしまいます。

「ナウシカ・レクイエム」と「遠い日々」はどう違う?

曲を探すときに注意したいのが、「ランラン」という歌声の記憶と、アルバムに付けられた曲名が、必ずしも一対一ではないことです。

『風の谷のナウシカ』のサウンドトラックでは、「遠い日々」と「ナウシカ・レクイエム」は別の収録曲として扱われています。「ランラン」で曲を探している場合は、「ナウシカ・レクイエム」だけでなく、「遠い日々」の曲名も確認すると探しやすくなります。

一方、麻衣さんの公式プロフィールでは、歌唱した楽曲を「ナウシカ・レクイエム」と紹介しています。そのため、この名前で歌声を覚えていること自体がおかしいわけではありません。

ここでは、「歌唱歴の紹介に使われる名称」と「サウンドトラックの各トラック名」を分けておくと、混乱を避けられます。曲名が似ているからといって、別々の収録曲をまったく同じ音源として扱わないことが大切です。

映画で聴いた曲を探すときは、作品名と曲名に加えて、アルバム名まで確認すると確実です。公式サウンドトラックの名称は『風の谷のナウシカ サウンドトラック ~はるかな地へ…~』。カバー演奏やコンサート版もあるため、映画の音源を聴きたい場合は、どの録音なのかも見ておきたいところです。

出典:三鷹の森ジブリ美術館オンラインショップ|『風の谷のナウシカ』サウンドトラック

「ランラン」の歌声は、映画のどんな場面で流れる?

※ここから『風の谷のナウシカ』の終盤・結末に触れます。

幼い歌声と結びついているのが、ナウシカの子どものころの記憶です。幼いナウシカが小さな王蟲をかばう場面では、虫を危険な存在として遠ざけようとする大人たちと、目の前の命を守ろうとする子どもの姿が対照的に描かれます。

この回想で印象に残るのは、ナウシカが理屈を並べて王蟲を守ろうとするわけではないことです。小さな生き物を傷つけてほしくない。その気持ちと幼い歌声が重なることで、彼女の行動の根にあるものを感じ取れる場面になっています。

サウンドトラックでは、この回想に結びつく「遠い日々」と、終盤の「ナウシカ・レクイエム」が別の曲として収録されています。「ランラン」という歌声を探す場合も、回想の音楽と終盤の音楽を分けて聴くと、曲名と場面を整理しやすくなります。

出典:三鷹の森ジブリ美術館オンラインショップ|サウンドトラック収録曲

終盤では、王蟲の群れの前に立ったナウシカが倒れ、王蟲たちによってその身体が持ち上げられます。「ナウシカ・レクイエム」は、この場面を彩る音楽です。

子どものころには、ナウシカが小さな王蟲を守ろうとしていた。そして終盤では、王蟲たちがナウシカの身体を包み込む。二つの場面を重ねると、守ろうとした命と、守られる命の関係が、音楽を通して響き合っているようにも受け取れます。

これは場面からの考察であり、作曲者や監督がその意味を公式に説明したということではありません。ただ、幼い日の記憶を思わせる旋律が終盤に重なることで、ナウシカの行動を、突然の英雄的な決断だけではなく、以前から続く気持ちとして読むことができます。

「レクイエム」という曲名は何を意味する?

レクイエムは、一般に亡くなった人を悼む音楽を指す言葉で、日本語では「鎮魂曲」とも呼ばれます。もともとは、死者のためのミサと結びついた名称です。

「ナウシカ・レクイエム」という曲名を、彼女が倒れた場面に重ねると、その命を悼むような響きとして受け取ることができます。題名を知ることで、終盤の音楽に悲しみや祈りを感じる人もいるでしょう。

ただし、曲名がレクイエムだから、ナウシカがそのまま亡くなったという意味ではありません。映画では、王蟲たちに包まれた後、ナウシカが目を覚ますところまで描かれています。

そのため、この音楽には、喪失を思わせる重さと、命が戻る場面の明るさが重なっているようにも感じられます。曲名の意味だけで場面を決めつけるより、映像がどう変化していくかと一緒に受け取る方が、映画の流れに沿った聴き方になるでしょう。

悲しい曲、明るい曲と簡単に分けられへんところが、この場面の音楽の面白さかもしれません。倒れた姿に向き合う時間があるからこそ、その後の変化にも重みが生まれます。

歌詞で説明しない歌声が、物語に残すもの

「ランラン」の歌声は、出来事や人物の気持ちを文章で説明するものではありません。誰が何をしたのか、どんな結末になるのかを、歌詞で教えてくれるわけではないのです。

だからこそ、聴く側は映像と声を結びつけながら、その場面の意味を受け取ります。幼い日の記憶を感じる人もいれば、悲しみや祈り、安心を感じる人もいるでしょう。

もし言葉で「命を大切にしよう」と説明されたら、意味は分かりやすくなるかもしれません。しかし、この歌声は、そうした結論を先に言い切りません。小さな王蟲をかばう姿や、王蟲たちがナウシカを包む姿を見ながら、観客自身が関係を考えられます。

歌声が物語を説明するというより、言葉にしきれない感情を受け取るための余白を作っている。そんなふうに考えると、「ランラン」というシンプルな響きが場面に残る理由も見えてきます。

もちろん、歌声から受ける印象は人によって違います。麻衣さんが4歳で歌ったという事実と、その声をどう感じるかは別です。背景を知ったうえで聴き直すと、自分にはどんな響きに聞こえるのか、確かめる楽しみもあります。

安田成美の「風の谷のナウシカ」とは別の曲

『ナウシカ』の歌を探すと、安田成美さんが歌う「風の谷のナウシカ」も見つかります。しかし、これは麻衣さんの「ランラン」の歌声とは別の楽曲です。

安田成美さんの「風の谷のナウシカ」は、作品のイメージソングとして知られる曲です。一方、この記事で紹介しているのは、映画の場面で使われる久石譲の音楽と、麻衣さんの歌声です。

そのため、「ナウシカの歌を聴きたい」と探すときは、歌手名と曲名をセットで確認すると混同しにくくなります。幼い声の曲を探しているなら、「麻衣」「ナウシカ・レクイエム」「遠い日々」が手がかりになります。

また、同じ曲名でも、映画のサウンドトラック、別の歌手によるカバー、楽器だけの演奏では音源が異なります。曲名が一致することと、映画で聴いた歌声が入っていることは同じではありません。

まとめ|「ランラン」の歌声は、当時4歳の麻衣が担当

『風の谷のナウシカ』の「ランラン」の歌声を担当したのは、久石譲の娘である麻衣さんです。歌唱した当時は4歳で、映画の音楽を手がけたのは久石譲でした。

「ナウシカ・レクイエム」という名称で紹介されていますが、サウンドトラックには「遠い日々」も別の曲として収録されています。映画で覚えている場面と、アルバムの曲名を照らし合わせると、聴きたい音楽を探しやすくなります。

あの歌声は、幼いナウシカの記憶と、終盤の命をめぐる場面をつなげて受け取れる響きです。誰が歌っているかを知るだけでなく、声が流れるときに何が描かれているかにも注目すると、音楽と物語の関係が見えてきます。

小さな王蟲を守ろうとした子どもが、やがて王蟲たちに包まれる。その流れの中で聴く「ランラン」は、単にかわいらしい歌声というだけでは収まらないものを感じさせるのではないでしょうか。

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