遠藤和さんはどんな人?生涯と著書に残された思い

『ママがもうこの世界にいなくても』の著者、遠藤和さんはどんな人だったのでしょうか。名前の読み方や生涯を知りたい人もいれば、なぜ日記が本になったのか、そこに何が残されているのかが気になる人もいると思います。

遠藤和さんの名前は「えんどう・のどか」と読みます。1997年に青森県で生まれ、21歳でステージⅣの大腸がんを告知されたあと、結婚と出産を経験し、2021年9月8日に24歳で亡くなりました。

和さんが書き続けた日記は、著書『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』として出版されています。病気と向き合う時間だけでなく、夫や娘と暮らす日々、その中で抱いた思いが残された本です。

この記事では、出版社が公開しているプロフィールや書籍紹介、日記の抜粋をもとに、和さんの生涯を整理します。そのうえで、病気の経過だけでは捉えきれない、家族との時間や著書に残された思いを考えていきます。

遠藤和さんはどんな人?名前の読み方とプロフィール

遠藤和さんは、『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』の著者です。「和」という名前は「のどか」と読みます。

小学館の公式プロフィールによると、和さんは1997年に青森県で生まれました。21歳で大腸がんを告知され、22歳で将一さんと結婚し、23歳で娘を出産しています。

項目公式情報で確認できる内容
名前遠藤和(えんどう・のどか)
生年・出身1997年、青森県生まれ
病気の告知21歳でステージⅣの大腸がんを告知される
結婚22歳で、6歳年上の将一さんと結婚
出産23歳で娘を出産
亡くなった日2021年9月8日、24歳
著書『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』

出典:小学館『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』公式特設サイト

こうして経歴を並べると、短い年月に大きな出来事が重なっていることが分かります。ただ、年齢や病気の情報だけでは、和さんがどのような日々を過ごし、何を大切にしていたのかまでは見えてきません。

その部分に触れる手がかりになるのが、本人の日記です。誰かが後から説明した人物像だけでなく、和さん自身の言葉が残されていることに、この著書の大切な意味があります。

21歳でのがん告知から、結婚と出産へ

小学館の書籍紹介によると、和さんがステージⅣの大腸がんを告知されたのは21歳のときでした。当時交際していた将一さんと、その後、夫婦になっています。

22歳で挙げた結婚式の様子は、日本テレビ系『1億人の大質問!?笑ってコラえて!』の「結婚式の旅」で放送されました。この番組を通じて、和さんと将一さんのことを知った人もいるでしょう。

その後、和さんは子どもを望み、抗がん剤治療を中断して出産を目指しました。23歳で娘を出産したことも、出版社の紹介で確認できます。

これらの経緯は、小学館の書籍紹介ページに掲載されています。

ここで気をつけたいのは、和さんの選択を、誰にでも当てはまる正解として受け取らないことです。治療と妊娠・出産に関わる判断には、その人の体の状態や事情が関わります。この記事で紹介しているのは、和さん本人の生涯に起きた出来事です。

また、結婚や出産という結果だけを見て、迷いや不安がなかったと考えることもできません。外から分かる経歴と、本人がその時々に抱いた気持ちは、同じものではないからです。

和さんの生涯を知るときは、病気と闘った人であると同時に、夫との暮らしや娘との時間を大切にした一人の人として見ることが必要ではないでしょうか。

「強かった人」という一言でまとめてしまうと、かえって見えなくなるものもありそうです。家族と離れたくない気持ちや、これから一緒にしたかったこと。その具体的な思いに目を向けるほうが、和さんの暮らしに近づけるのかもしれません。

著書『ママがもうこの世界にいなくても』はどんな本?

『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』は、和さんが書き残した日記をもとにした本です。単行本は小学館から2021年12月1日に発売されました。

小学館は、和さんが亡くなる10日前まで日記を書き続けていたと紹介しています。書籍の内容は、病気の説明だけではなく、家族との生活や、その中で生まれた気持ちにも及びます。

公式特設サイトで公開されている日記の抜粋には、娘が成長したら一緒に料理をしたいという願いが記されています。そこには、家の料理の作り方を伝えたいという、具体的な未来への思いがあります。

さらに、娘の反応や成長を喜ぶ様子と、入院のために離れることへの寂しさが、同じ日の記録の中に書かれています。

この抜粋から読み取れるのは、喜びと不安が別々の場所にあるわけではないということです。子どもの成長がうれしい。その一方で、そばを離れるのは寂しい。両方の気持ちが、一日の暮らしの中にあります。

和さんの日記は、病気の経過を知る記録であると同時に、本人がどんな日常を続けたかったのかに触れられる記録として受け取れます。

一緒に料理をする、成長した娘と話す。大きな夢だけでなく、そんな身近な時間を願っていたことに、この本の題名が持つ重みを感じます。

家族との「いつか」は、つい先のこととして考えてしまうものです。でも、その「いつか」の中身が具体的に書かれていると、残された言葉は、その人が生きていた日々と結びつきます。どんな母親だったのか、何を一緒にしたかったのかを伝える手がかりにもなるんちゃうかなと思います。夫・将一さんの言葉から見える遠藤和さんの姿

遠藤和さんがどんな人だったのかを考えるうえで、本人の日記とともに手がかりになるのが、夫・将一さんの言葉です。

小学館の公式特設サイトでは、将一さんが、和さんの本を苦しみだけの記録としては捉えていないことを伝えています。そこでは、和さんについて「ありきたりの幸せを手放さないように、一生懸命に生きました」と記しています。

出典:小学館公式特設サイトに掲載された遠藤将一さんの言葉

これは、身近で暮らした将一さんによる受け止めです。和さんの気持ちをすべて説明するものではありませんが、病気の経過や年齢だけでは見えない姿を伝えています。

「ありきたりの幸せ」という表現には、家族と過ごす生活そのものを大切にしていた、という意味を読み取れます。前半で紹介した、一緒に料理をしたいという願いも、その言葉と重なります。

家族との時間は、外から見ると特別な出来事には見えないことがあります。でも、その人にとっては、何より続いてほしい時間かもしれません。将一さんの言葉は、和さんを病気の人という一面だけで捉えず、暮らしの中にいた一人の人として知るための手がかりになります。

著書に残された思い|娘に伝わるのは母親の「生きた時間」

和さんが書き残した日記には、娘の成長を見つめる母親の視点があります。公開された抜粋からも、娘の反応を喜び、これから会話ができるようになる日を楽しみにしていたことが分かります。

こうした記録は、将来、娘が母親を知るときの手がかりになり得ます。自分が幼かったころ、母親が何をうれしく感じ、どんな未来を思い描いていたのか。写真だけでは伝わりにくい気持ちが、言葉として残っているからです。

ただし、娘が実際にこの本をどう受け止めるかは、本人の気持ちです。周囲が「きっとこう感じる」と決めることはできません。

日記が残すのは、家族への思いに加えて、その思いを抱いていた和さん自身の姿でもあるのではないでしょうか。

娘の成長を楽しみにしていたこと、入院で離れるのが寂しかったこと。そうした具体的な感情があるから、和さんは経歴の中の名前だけではなく、日々を過ごしていた人として伝わってきます。

日記は、整った結論だけを残す文章とは違います。その日の喜びと寂しさが一緒に書かれていても、おかしくありません。むしろ、揺れる気持ちが残されていることに、その人の生活を知る意味があるように思います。

遠藤和さんの生涯を「前向きな人」の一言でまとめない

和さんの生涯には、病気を抱えながら結婚し、出産し、子育てをしたという大きな出来事があります。その歩みに、強さを感じる人もいるでしょう。

一方で、公開された日記には、家族と離れる寂しさも記されています。そこから考えると、強さと心細さは、どちらか一方しか持てないものではなかったのかもしれません。

家族との生活を大切にする気持ちがあっても、不安や悲しさがなくなるわけではありません。和さんの言葉を読むときも、明るい部分だけを取り出さず、その隣にある気持ちに目を向けたいところです。

「こんなに頑張った人がいるのだから、自分も頑張らなければ」と受け止める必要もないと思います。誰かの生涯を、自分や別の人を追い立てる基準にしてしまうと、その人が残した具体的な思いから離れてしまうことがあります。

和さんの日記から考えられるのは、誰がより強いかという比較ではなく、その人が何を大切にしていたかということです。

一緒に料理をしたい、娘と話したい、家族のそばにいたい。そうした願いに触れると、「自分は大切な人と、どんな時間を過ごしたいんやろ」と考えるきっかけになります。答えを急いで出さなくても、その問いを持つことには意味があるのではないでしょうか。

単行本と文庫版の違い|家族のその後を伝える寄稿も収録

和さんの著書には、2021年に刊行された単行本と、2026年に刊行された文庫版があります。

小学館の公式紹介によると、文庫版には、娘と父のその後の5年間の暮らしを綴った約1万8000字の特別寄稿が収録されています。

出典:小学館公式特設サイトの文庫版紹介

この寄稿は、和さん本人が書いた日記とは分けて読む必要があります。和さんの言葉が残す時間と、亡くなったあとに家族が歩んだ時間は、書き手も立場も異なるからです。

その違いを意識すると、文庫版は、和さんの生涯に触れるだけでなく、残された家族の暮らしにも目を向けられる構成だと分かります。

本を選ぶ際は、書名に加えて「小学館文庫」の表記や、特別寄稿の収録案内を確認すると区別しやすくなります。すでに単行本を持っている場合も、文庫版に追加された内容を確認してから選べます。

まとめ|遠藤和さんは、家族との日々を言葉に残した人

遠藤和さんは、21歳で大腸がんを告知され、結婚・出産を経験し、24歳で亡くなるまでの日々を日記に残した人です。

著書『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』には、病気と向き合う時間とともに、夫や娘との暮らしに向けた思いが記されています。

和さんがどんな人だったのかを知るには、経歴を確認するだけでなく、本人の言葉や、将一さんが伝える姿に触れることが手がかりになります。そこから見えてくるのは、家族のそばにいたいと願い、娘の成長を喜んでいた一人の人の姿です。

日記に残された小さな願いを知ることは、和さんが大切にしていた時間を知ることでもあります。その言葉をどう受け止めるかは、読む人それぞれに委ねられています。

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