『となりのトトロ』は狭山事件と関係がある?都市伝説の根拠と公式情報を整理

『となりのトトロ』について調べると、「狭山事件をもとにした映画ではないか」という都市伝説を見かけることがあります。身近で親しみのある作品だけに、実在の事件との関係を聞くと気になりますよね。

最初に結論を整理すると、今回確認した公式資料では、狭山事件が『となりのトトロ』のモデルだと裏づける情報は確認できません。また、この説と一緒に語られやすい「トトロは死神」「メイは亡くなっている」という設定は、スタジオジブリが公式に否定しています。

ただし、ここには区別が必要です。ジブリが死神説や死亡説を否定したことと、狭山事件との関係について名指しで回答したことは、同じではありません。

この記事では、関係説で挙げられる地名や名前の一致を整理し、どこまでが確認できる情報で、どこからが推測なのかを説明します。

※ここから『となりのトトロ』の終盤の展開に触れます。

狭山事件との関係説は、公式設定として確認されていない

この都市伝説は、映画に登場する姉妹の名前や、舞台のモデルとして紹介される地域、メイが行方不明になる展開などを、実在の事件と結びつけるものです。

しかし、似た要素を並べることと、制作のもとになったと証明することは違います。

「事件を参考にした」と説明するには、監督や制作関係者の発言、制作資料など、作品と事件を直接結びつける情報が必要です。今回確認した資料では、そのような裏づけは見つかりませんでした。

したがって、「狭山事件が元ネタ」「事件を描いた隠された物語」と、制作上の事実として紹介することはできません。

これは作品を自由に解釈してはいけないという話ではありません。「こう連想した」という受け取り方と、「監督がこういう意図で作った」という制作情報を、分けて考える必要があるということです。

ジブリが公式に否定したのは、死神説・メイ死亡説・影の解釈

都市伝説について確認するうえで重要なのが、スタジオジブリ公式サイトの2007年5月1日付「ジブリ日誌」です。

この日誌では、一般の人からトトロが死神なのかという問い合わせが寄せられている状況に触れ、広報部として説明しています。

内容を整理すると、次の三点が確認できます。

  • トトロが死神だという事実や設定はない。
  • メイが亡くなっているという事実や設定はない。
  • 終盤でサツキとメイの影が描かれていないことについては、作画上の判断による省略と説明している。

確認元:スタジオジブリ公式「ジブリ日誌」2007年5月1日

つまり、「影がないから亡くなっている」「トトロは死後の世界へ導く存在」という説明には、公式から異なる回答が出ています。

映像の細部を見て意味を考えるのは、映画の楽しみ方の一つです。ただ、制作側が作画上の省略と説明している箇所を、死亡の証拠として扱うのは適切ではありません。

「狭山事件説も名指しで否定した」とは書かれていない

一方、この日誌の該当する説明には、「狭山事件」という名称は出てきません。

そのため、このページだけを根拠に「ジブリは狭山事件との関係を名指しで否定した」と書くと、公式発表の範囲を広げてしまいます。

正確には、「死神説とメイ死亡説は公式に否定されている。狭山事件をモデルとする説には、今回確認した資料で裏づけがない」という整理になります。

また、名指しの否定が見つからないことを理由に、「やっぱり関係があるのかもしれない」と証拠扱いすることもできません。公式が触れていないことと、説を認めていることは別です。

関係説の根拠①|狭山丘陵と狭山事件を結びつける地名の連想

関係説で挙げられる要素の一つが、映画の舞台のモデルとされる地域です。

公益財団法人トトロのふるさと基金は、狭山丘陵を『となりのトトロ』の舞台のモデルの一つになったといわれる場所として紹介しています。狭山丘陵は、東京都と埼玉県にまたがる地域です。

確認元:トトロのふるさと基金「トトロの森ってどんなところ?」

一方、狭山事件は、1963年5月に埼玉県狭山市で起きた女子高校生を被害者とする事件です。事件の基本的な経緯は、曹洞宗の公式サイトにある人権に関する解説でも確認できます。

確認元:曹洞宗公式「狭山事件」解説

ただし、狭山丘陵という地域と、狭山市で起きた事件は、名称が似ているから同じものになるわけではありません。

風景のモデルについての説明は、風景のモデルについての情報です。それを、その地域に関わる事件が物語のモデルだったという説明へ置き換えることはできません。

地名を聞いてつながりを連想する気持ちは分かります。でも、「近い場所の話やから」というだけでは、制作意図までは分からないんよな。ここは、連想と裏づけを分けたいところです。

関係説の根拠②|サツキとメイの名前が「5月」を連想させる

もう一つ、都市伝説で挙げられるのが、姉妹の名前です。

「サツキ」は5月を表す「皐月」、「メイ」は英語の5月である「May」を連想させます。狭山事件が5月に起きたことと結びつけ、名前に事件の意味が隠されていると説明する説があります。

しかし、名前から5月を連想できることは、事件を意識した命名だったという証明にはなりません。

必要なのは、名前と事件を結びつける制作関係者の説明です。それが確認できない状態で、「事件の発生月を示している」と断定すると、解釈を公式設定のように扱ってしまいます。

共通する言葉や数字を見つけると、何か意味があるように感じられることはあります。ただ、その一致にどんな意味があるかは、別に確かめなければなりません。

「一致する要素がある」ことと、「その要素が作品の成り立ちを説明している」ことには、隔たりがあります。関係説の根拠③|メイの迷子と姉妹の捜索を、事件に重ねる解釈

狭山事件との関係説では、メイが行方不明になり、サツキが妹を探す展開も挙げられます。

映画では、メイが母親のもとへ向かおうとして迷子になり、サツキや地域の人たちが探します。途中で池からサンダルが見つかり、メイのものではないかと心配する場面もあります。

ただし、映画のメイは誘拐されたのではありません。また、池で見つかったサンダルは、サツキがメイのものではないと確認します。

「子どもが見つからない」「家族が捜す」という大きなくくりでは似て見えても、出来事の原因や、その後の展開まで同じではないのです。

映画の場面を事件に当てはめるために、迷子を誘拐へ、心配を死亡の暗示へと置き換えてしまうと、作中で描かれている内容から離れていきます。

池のサンダルは、死亡を確定させる描写ではない

池からサンダルが見つかる場面は、メイを捜す人たちの不安が強まるところです。サツキにとっても、妹に何かあったのではないかという恐怖に向き合う瞬間になります。

ここから、姉としての責任感や、家族を失うことへの怖さを読み取ることはできます。しかし、それは人物の気持ちについての考察です。

不安を感じさせる場面があることと、実際にその人物が亡くなったことは、分けなければなりません。

しかも、この場面ではサンダルがメイのものではないと分かります。死亡説を前提に、その確認まで「本当のことを認められなかった」と読み替えるなら、作中の説明を退ける別の根拠が必要になります。

怖い仮説を先に置くと、安心できる場面まで怖く見えてくることはあるでしょう。でも、まずは映画が何を示しているのかを、そのまま受け取ることが大切です。

「公式の説明も隠された暗示」という読み方には注意したい

ジブリが都市伝説について説明した日誌は、2007年5月1日付です。この日付まで事件と結びつけ、何かを暗示していると読む説もあります。

しかし、日付が重なるだけでは、事件との関係を示す証拠にはなりません。該当する日誌では、一般の人から問い合わせが寄せられている状況を説明し、広報部として噂を否定しています。

確認元:スタジオジブリ公式「ジブリ日誌」2007年5月1日

この説明を「否定したこと自体が怪しい」と扱うと、公式が何を答えても、関係説を補強する材料になってしまいます。

肯定すれば証拠、否定しても証拠、答えなくても証拠。そのような読み方では、説が間違っている可能性を確かめられません。

説を確かめるには、当てはまる情報だけでなく、当てはまらない情報も同じように見る必要があります。

「そう考えると全部つながる」という感覚には引かれるものがあります。ただ、つながるように説明できることと、本当にその意図で作られたことは違うんよな。

都市伝説の主張と、確認できる情報を整理

ここまでの内容を、主張と確認結果に分けると次のようになります。

都市伝説で挙げられる主張確認できる情報・判断
狭山丘陵が舞台のモデルなので、狭山事件とも関係がある風景のモデルについての情報はあるが、事件との関係を裏づけるものではない
サツキとメイが5月を連想させるので、事件の発生月を示している言葉の連想はできるが、事件を意識した命名だという制作情報は今回確認できていない
メイの行方不明が、事件を表している映画では迷子として描かれる。似た要素だけで制作上の関係は証明できない
影がないので、姉妹は亡くなっているジブリは影の省略を作画上の判断と説明している
トトロは死神で、メイは亡くなっているジブリが、そのような事実や設定はないと公式に否定している
ジブリは狭山事件との関係を名指しで否定した2007年5月1日の日誌の該当箇所には、狭山事件という名称はない

重要なのは、公式に否定された設定と、裏づけが確認できない関係説を、同じ言い方でまとめないことです。

「すべて公式に否定された」と広げすぎても、「名指しの否定がないから関係がある」と飛躍しても、確認できる情報から離れてしまいます。

実在の事件と作品の考察は、どう分けて受け取ればいい?

『となりのトトロ』には、不思議な生き物や、子どもたちの不安、家族を思う気持ちが描かれています。その中から何を感じるかには、さまざまな受け取り方があるでしょう。

一方、狭山事件は実在の被害者と家族に関わる事件です。映画の怖い裏話として紹介する場合でも、確かめられていない関係を事実のように扱うことは避けたいところです。

作品の解釈なら、作中の描写をもとに考える。制作の経緯なら、制作資料や関係者の発言で確認する。実在の事件なら、事件についての資料で確かめる。それぞれの情報には、確かめる先があります。

今回の関係説では、地名や名前の連想は挙げられていても、映画と事件を直接結ぶ制作情報は確認できませんでした。そこを越えて、監督の意図や被害者との対応関係を作ることはできません。

まとめ|狭山事件との関係説には、制作上の裏づけが確認できない

『となりのトトロ』と狭山事件を結びつける都市伝説では、地域、5月を連想させる姉妹の名前、メイの行方不明などが挙げられます。

しかし、それらの一致や連想だけでは、事件が映画のモデルだったことを証明できません。今回確認した公式資料でも、その関係を裏づける制作情報は見つかりませんでした。

狭山事件との関係説は、確認された制作情報ではありません。また、トトロの死神説とメイの死亡説は、スタジオジブリが公式に否定しています。

都市伝説を知ると、いつもの場面が違って見えることはあります。それでも、噂を通して見る前に、映画そのものの描写と公式の説明へ戻ってみる。その順番で確かめると、作品についての想像と、事実として伝えられることの境目が見えてきます。

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