『火垂るの墓』という題名を見て、「どうして虫の『蛍』と書かないのだろう」と気になったことはありませんか。
出版社が公開している解説によると、原作者の野坂昭如は、百科事典で見つけた「火垂る」という表記に空襲を連想し、『火垂るの墓』という題名を決めたとされています。
つまり、作品に登場する蛍だけでなく、戦争の火を思い起こさせる文字でもあるのです。ただし、題名が決まった経緯と、そこから私たちが読み取る意味は分けて考える必要があります。
この記事では、出版社の資料で確認できる題名の由来を紹介し、映画に描かれる蛍や空襲とのつながりを整理します。「火垂る」は焼夷弾そのものを意味する言葉なのか、という疑問にも触れていきます。
※ここから『火垂るの墓』の物語の展開に触れます。
『火垂るの墓』の題名は、原作小説から使われている
映画化するときに作られた表記ではない
まず押さえておきたいのは、『火垂るの墓』という題名が、アニメーション映画のために新しく考えられたものではないことです。
原作は野坂昭如の小説です。新潮社の著者紹介によると、「火垂るの墓」は1967年に発表され、「アメリカひじき」とともに直木賞を受賞しました。
その後、1988年に、高畑勲が脚本・監督を務めるアニメーション映画が公開されています。映画の原作や公開日は、スタジオジブリ公式『火垂るの墓』作品ページで確認できます。
そのため、「なぜ『火垂る』なのか」を調べる際には、まず原作者が小説に名づけた経緯を確認することが大切です。
映画の映像から題名の意味を考えることはできます。しかし、それだけで高畑監督がこの表記を考案したと説明すると、原作と映画の関係を取り違えてしまいます。
読み方は「ほたるのはか」
「火垂る」は、作品名では「ほたる」と読みます。見慣れない文字の組み合わせですが、読み方まで別の言葉になるわけではありません。
同じ「ほたる」という音でも、「蛍」と書いたときと、「火垂る」と書いたときでは、目に入ってくる印象が違います。
「蛍」なら、まず夏の夜に光る虫を思い浮かべるでしょう。一方、「火垂る」では、「火」という文字や、何かが垂れ落ちるような動きにも意識が向きます。
この文字の働きが、題名の由来を考えるうえで重要になります。
なぜ「蛍」ではなく「火垂る」?出版社の解説で分かる命名の経緯
最初に考えられた題名は「蛍の川」だった
新潮社の『アメリカひじき・火垂るの墓』書籍ページには、南陀楼綾繁による解説「二つの『火垂るの墓』とふたりの作家」が掲載されています。
その解説では、野坂が当初「蛍の川」という題名を考えたものの、似た名前の作品があることに気づき、別の題名へ進んだ経緯が紹介されています。
参考:新潮社『アメリカひじき・火垂るの墓』書籍ページ内の解説
ここから分かるのは、最初から「蛍」という虫のイメージを離れていたわけではないことです。蛍への関心を残しながら、別の表記と題名を探していったと捉えられます。
完成した題名だけを見ると、「火垂る」は戦争を表すために一から作られた言葉のようにも感じられます。しかし、紹介されている経緯には、蛍から出発して言葉を探す過程があります。
百科事典で見つけた表記に、空襲のイメージが重なった
文春オンラインの記事も、野坂が百科事典で蛍を調べ、そこに出てきた古語の「火垂る」に、空襲のイメージを重ねて題名をつけたと説明しています。
参考:文春オンライン「野坂昭如が直木賞を受賞しながら“行方不明”になった日」
題名の由来として確認できる中心は、「蛍について調べて出会った表記」と「空襲の連想」が結びついた、という点です。
なお、ここで紹介しているのは、出版社が公開した解説に基づく命名の経緯です。野坂本人の文章を、この場で全文確認したうえでの直接引用ではありません。そのため、本人の言葉らしいセリフに作り替えて紹介することは避けます。
「火垂る」は焼夷弾の意味?言葉の意味と作者の連想を分ける
題名の由来から、辞書的な意味までは決められない
空襲のイメージが関わっていると聞くと、「火垂るとは、焼夷弾のことなのか」と考えるかもしれません。
しかし、今回確認した出版社の説明だけを根拠に、「火垂るという言葉は焼夷弾を意味する」と断定することはできません。
資料が説明しているのは、野坂がその表記から何を連想したかです。言葉そのものの意味と、作品名に使われたときに重ねられたイメージは、分けておく必要があります。
また、出版社の記事では古語として紹介されていますが、それだけで「昔は蛍を必ず火垂ると書いた」「蛍の語源はこれ一つで確定している」とまで広げることもできません。
虫の光と空襲の火を、一つの題名から連想できる
題名を読む私たちは、「ほたる」という音から小さな虫の光を思い浮かべ、「火」という文字から戦争の炎を思い浮かべることができます。
同じ題名の中で、美しい光と恐ろしい火が重なり合う。その読み方は、確認できた命名の経緯ともつながっています。
蛍の光は静かに眺められるものやのに、空襲の火は、そこにいる人の暮らしを壊してしまう。同じ夜の光として見えても、人間にとっての意味は大きく違うんですね。
では、映画の中で実際に描かれる蛍は、この題名とどう響き合うのでしょうか。節子が蛍の墓を作る場面に目を向けると、文字の由来に加えて、物語の中での意味も考えられるようになります。節子が作る蛍の墓と、題名のつながり
夜を照らした蛍が、翌朝には動かなくなる
映画では、横穴壕で暮らし始めた清太と節子が、蚊帳の中に放った蛍の光を楽しむ場面があります。
住み慣れた家を失った二人にとって、暗がりを照らす蛍は、ひとときの楽しみになります。しかし翌朝、蛍は死んでしまい、節子はその小さな体を埋めます。
『火垂るの墓』には、実際に節子が蛍の墓を作る場面があるのです。
日本テレビの公式ストーリー紹介でも、兄妹が蛍の光で寂しさを紛らわせることや、節子が蛍の命の短さを清太に尋ねる展開が説明されています。
参考:日本テレビ「金曜ロードシネマクラブ」『火垂るの墓』ストーリー紹介
この場面は、題名の「墓」を考えるうえで具体的な手がかりになります。ただし、節子が墓を作るからという説明だけでは、なぜ「蛍」ではなく「火垂る」と表記したのかまでは答えられません。
そこで、原作者が表記に空襲を連想したという命名の経緯と、映画に描かれる蛍の死を、分けたうえで重ねて見ることが大切になります。
蛍を埋める場面で、母の死も語られる
節子は蛍の墓を作りながら、母が亡くなったことを知っていると清太に明かします。清太が伝えられずにいた事実を、節子はおばさんから聞いていたのです。
この流れによって、蛍の死は、兄妹が経験した母との別れにもつながっていきます。
ただ、節子が母の死を完全に理解し、納得していたとまでは言い切れません。亡くなったことを知っていても、なぜ大切な存在がいなくなるのかという疑問は残ります。
昨夜まで光っていた蛍が動かなくなることと、そばにいた母が戻ってこないこと。その二つが、幼い節子の言葉を通して近づいて見える場面です。
題名の「墓」は、蛍を埋める場所という具体的な意味を持ちながら、兄妹が失った人や、失われていく命にも思いを向けさせます。
これは、場面のつながりから読み取れる考察です。「墓」の意味を一つに限定する作者の発言として扱うものではありません。
蛍は清太と節子の命を表している?公式紹介から考える
公式の商品紹介でも、蛍と兄妹の命が結びつけられている
蛍を兄妹の命と重ねる見方には、公式の作品紹介にも手がかりがあります。
ディズニー公式の『火垂るの墓』紹介では、夏の夜の蛍を、懸命に生きようとする二人の命の輝きと結びつけて説明しています。
そのため、蛍と兄妹の命を重ねる読み方は、根拠のない連想とはいえません。一方、この紹介文を、そのまま野坂昭如や高畑勲本人による題名の説明として扱うことはできません。
命名の由来を説明する資料と、作品の意味を紹介する文章は、それぞれ役割が違います。
前者からは、野坂が「火垂る」という表記を選んだ経緯が分かります。後者からは、完成した作品をどのように受け取れるか、その手がかりが得られます。
短く美しい命、という言葉だけで終わらせない
蛍の光と兄妹の姿を重ねると、短い命のはかなさが浮かびます。しかし、清太と節子の死を、自然に寿命を迎えることと同じようには捉えられません。
二人は、戦争で家族や住まいを失い、食べ物や周囲の支えが足りない状況で命を落とします。
「蛍のようにはかない命だった」とまとめるだけでは、兄妹を追い詰めた具体的な状況が遠くなってしまいます。
蛍はきれいやけど、二人の死まで、きれいな話にしてしまっていいんやろうか。題名から命の輝きを感じると同時に、失われずに済む道はなかったのかという問いも残ります。
虫の光を思わせる「ほたる」という音に、空襲を連想させる「火」の文字が重なることで、その問いを忘れにくくなるとも考えられます。
題名の由来を調べるときに、混同したくないこと
「火垂る=焼夷弾」と言い換えすぎない
今回確認した資料に基づくなら、題名については「野坂昭如が、百科事典で見つけた表記に空襲のイメージを重ねた」と説明するのが適切です。
そこから一歩進めて、「火垂るは焼夷弾を指す言葉」「題名にある火垂るは、すべて空から落ちる火のこと」と決めてしまうと、蛍から出発した経緯や、作中の蛍の存在を狭めてしまいます。
蛍か、空襲か、どちらか一方だけを選ぶ必要はありません。二つのイメージが重なる表記として読むことで、命名の経緯と物語を無理なくつなげられます。
映像からの考察を、原作者の発言に置き換えない
映画の蛍や炎の描写から、題名との関係を考えることはできます。しかし、その解釈を「作者はこういう意味を込めた」と言い切るには、本人の説明など、別の根拠が必要です。
今回、命名の経緯を確認できたのは、新潮社の解説と文春オンラインの記事です。映画の各場面に、題名のどの意味を対応させるかという点には、見る側の解釈が含まれます。
参考:新潮社『アメリカひじき・火垂るの墓』書籍ページ内の解説/文春オンラインの命名経緯を紹介した記事
由来が分かったからといって、作品の受け取り方まで一つに決まるわけではありません。確認できる事実を土台にしながら、題名から何を感じるかを考えられるところに、言葉の奥行きがあります。
まとめ|「火垂る」は、蛍の光に空襲のイメージを重ねた表記
『火垂るの墓』が「蛍」ではなく「火垂る」と書かれる理由には、原作者の命名の経緯があります。出版社の解説によると、野坂昭如は、百科事典で出会った「火垂る」という表記から空襲を連想し、題名を決めたとされています。
この題名は原作小説から使われており、アニメーション映画のために新しく考えられたものではありません。
「火垂る」という文字には、虫の蛍を思わせる響きと、戦争の火を連想させる見た目が重なっています。そこへ、節子が蛍の墓を作る場面や、兄妹の命の行方が響き合います。
ただし、「火垂る」という言葉自体が焼夷弾を意味する、とまでは今回の資料から断定できません。言葉の意味、命名の由来、物語からの考察を分けておくことで、この題名をより丁寧に読み取れるのではないでしょうか。

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