『耳をすませば』は、スタジオジブリのアニメ映画として知られていますが、もともとは漫画なのでしょうか。それとも、映画のために作られたオリジナル作品なのでしょうか。
答えからいうと、『耳をすませば』の原作は、柊あおい(ひいらぎ・あおい)さんによる同名の少女漫画です。1989年に集英社の『りぼん』で連載され、1995年にスタジオジブリがアニメ映画化しました。
アニメ映画の監督は近藤喜文さん。宮﨑駿さんは、製作プロデューサー・脚本・絵コンテを担当しています。原作者、監督、脚本を担当した人を分けると、作品がどのように映画になったのかが見えてきます。
この記事では、原作漫画の作者と掲載誌、映画化のきっかけ、漫画とアニメの関係を整理します。まずは大きな結末に踏み込まず、作品の成り立ちから紹介していきます。
『耳をすませば』の原作は柊あおいさんの少女漫画
1989年に『りぼん』で連載された作品
『耳をすませば』は、柊あおいさんが1989年に少女漫画誌『りぼん』で発表した作品です。アニメ映画が公開されたのは1995年なので、漫画が先に生まれています。
実写映画の配給会社である松竹も、作品紹介の中で、1989年に『りぼん』で連載された漫画が原作であることを説明しています。
原作の主人公も、本が大好きな中学生・月島雫です。不思議な猫に導かれてたどり着く場所や、気になる少年との出会いを通して、雫の世界が変わっていきます。
集英社は原作を、少年との出会いや将来の夢、初めての気持ちを描くファンタジックな物語として紹介しています。
つまり、本や猫に引かれて、日常のすぐ隣にある少し不思議な世界へ入っていく入り口は、原作漫画からあるものです。映画に登場する雫や聖司の物語にも、その土台があります。
文庫版も「小説」ではなく漫画
原作を探すと、「集英社文庫」という表記を見かけます。文庫と聞くと小説を想像するかもしれませんが、この『耳をすませば』は集英社文庫のコミック版です。
本の大きさや刊行されるシリーズが変わっていても、漫画であることは変わりません。「原作は小説なのかな」と迷った場合は、出版社の商品ページにある分類を確認すると分かりやすいでしょう。
また、原作漫画を探しているときは、映画の画像を使った本や関連書籍と取り違えないよう、著者名が「柊あおい」になっているか、収録内容は何かも確認したいところです。
同じ作品名の本でも、何を読むための本なのかはそれぞれ違います。映画になる前の物語を知りたいなら、まず原作漫画が入り口になります。
原作者・近藤喜文監督・宮﨑駿さんの役割を整理
『耳をすませば』の映画化について、押さえておきたいのが制作上の役割です。
| 担当 | 人物 | 作品との関係 |
|---|---|---|
| 原作 | 柊あおい | 映画のもとになった漫画の作者 |
| 監督 | 近藤喜文 | 1995年のアニメ映画の監督 |
| 製作プロデューサー・脚本・絵コンテ | 宮﨑駿 | 漫画をアニメ映画にする制作に参加 |
| プロデューサー | 鈴木敏夫 | アニメ映画のプロデューサー |
これらの担当は、スタジオジブリの公式作品ページに掲載されています。アニメ映画の公開日は、1995年7月15日です。
『耳をすませば』の原作者は宮﨑駿さんではなく、アニメ映画の監督も宮﨑さんではありません。原作は柊あおいさん、監督は近藤喜文さんです。
一方で、宮﨑さんが脚本と絵コンテを担当していることも、映画との関係を知るうえで欠かせません。名前がよく挙がるのには、制作の中心的な部分に関わっているという理由があります。
原作漫画を生んだ人と、映像として形にした人たち。それぞれの仕事を分けて見ると、「ジブリの作品」という言葉の中にも、複数の作り手がいることが分かります。
『耳をすませば』がアニメ映画になったきっかけ
宮﨑駿さんが、姪の読んでいた『りぼん』で漫画を見つけた
日本テレビの「金曜ロードシネマクラブ」では、映画化のきっかけが紹介されています。
それによると、製作に入る5〜6年前、宮﨑駿さんが姪の読んでいた『りぼん』の中で、柊あおいさんの漫画を見つけたことが始まりでした。
さらに宮﨑さんは、以前一緒に仕事をした近藤喜文さんが、少年少女の爽やかな出会いを描く作品を手がけたいと話していたことを覚えていたそうです。そこで近藤さんに話を持ちかけ、制作が始まったと説明されています。
身近なところで読まれていた漫画との出会いが、映画制作へつながっていく。この経緯を知ると、原作と映画の間に、人が作品を見つけて、別の人へ渡していく過程があったことを感じます。
映画は、原作を別の表現で形にした作品
漫画を映画にするとき、同じ出来事を描くとしても、伝え方は変わります。コマとせりふで読んでいた時間が、人物の動きや声、音楽、背景のある映像になります。
『耳をすませば』も、原作を持ちながら、映画としての表現で作られています。日本テレビの制作紹介では、たとえば雫が出会う猫について、原作では黒猫だったものを、アニメ化にあたって色や姿を変えたと説明しています。
このように、原作があることと、映画が原作を一つ残らず同じ形で再現していることは別です。
漫画とアニメの設定や描写が違っていても、それだけでどちらかが間違っているわけではありません。それぞれの作品の中で、どのように描かれているかを確認することが大切です。
映画を入り口に原作を読むなら、違いを探すだけでなく、同じ雫の物語が漫画ではどんな距離感で語られるのかにも注目できます。「知っている話」のつもりで開いた本に、映画とは違う表情を見つける楽しみもありそうです。原作漫画を読むなら、収録内容も確認しよう
集英社文庫版には『幸せな時間』も収録されている
原作漫画を探す際の選択肢の一つが、集英社文庫のコミック版『耳をすませば』です。
集英社の公式ページによると、この文庫版には表題作に加えて、『耳をすませば 幸せな時間』が同時収録されています。さらに、鈴木敏夫さんの解説エッセイ、近藤喜文さんと柊あおいさんの対談、柊さんのあとがきも収められています。
原作の物語と、映画化に関わる人たちの言葉を一冊で確認できる構成です。ただし、対談やあとがきの詳しい内容については、書籍紹介に掲載されている情報だけでは分かりません。
映画化の経緯をさらに知りたい場合は、こうした収録資料を読むことで、公開されている作品紹介より一歩踏み込んで確かめられるでしょう。
『幸せな時間』は大人になった二人の物語ではない
『耳をすませば 幸せな時間』は、出版社が続編として紹介している漫画です。舞台は中学生最後の夏で、進路を意識し始める雫が描かれます。
そのため、「続編」という言葉から、結婚後の雫と聖司や、社会人になった二人を想像すると、内容との間にずれが生じます。
原作の関連作品を読むことと、アニメのラストから何年も先の未来を知ることは、分けて考えたいところです。
映画をきっかけに雫たちの世界をもっと知りたくなったとき、原作や関連作品があるのはうれしいことです。ただ、どの時期の、どの作品の雫が描かれるのかを確かめておくと、期待していた内容との取り違えを防げます。
2022年の実写映画も、原作は柊あおいさんの漫画
アニメ映画とは制作陣が異なる
『耳をすませば』は、2022年にも実写映画化されています。こちらも原作としてクレジットされているのは、柊あおいさんの漫画です。
監督・脚本は平川雄一朗さん。大人になった月島雫を清野菜名さん、天沢聖司を松坂桃李さんが演じています。
1995年のアニメ版と2022年の実写版は、同じ原作を持つ映像作品ですが、制作陣や描かれる範囲が異なります。
10年後の部分は実写映画独自の物語
実写版では、中学生時代に加えて、そこから10年後の雫と聖司が描かれます。この10年後の部分について、公式は完全オリジナルの物語と説明しています。
実写版で描かれる大人の二人の姿が、そのまま原作漫画に描かれているわけではありません。
ここは、原作を探すときにも気をつけたい点です。「実写映画で見た10年後を漫画でも読みたい」と思っても、映画独自の展開なら、原作に同じ場面があるとは限りません。
また、実写版の未来を、アニメ版の登場人物に確定した出来事として当てはめることもできません。それぞれの作品の設定として受け取る必要があります。
出典:実写映画公式サイト・中学生時代と10年後の物語について
原作と映画は、どう楽しみ分ければいい?
漫画では、自分の速さで雫の物語をたどれる
漫画と映画では、物語に触れる時間の流れが違います。漫画なら、気になった表情や言葉のところでページを止めたり、少し前のやり取りへ戻ったりできます。
映画で印象に残っている雫や聖司が、漫画のコマの中ではどのように登場するのか。そうした見方をすると、原作を読む時間にも別の楽しみが生まれます。
一方、アニメには声や音楽、人物の動き、背景が組み合わさった表現があります。映画の雰囲気が好きになったからこそ、物語の出発点である漫画に興味を持つこともあるでしょう。
同じ題名でも、触れ方が変われば、目に留まるものも変わる。原作と映画を行き来する面白さは、そのあたりにあるのかもしれません。
違いを、すべて作者や監督の意図と決めつけない
原作と映画を比べるときには、確認できる変更点と、その理由への考察を分けることも大切です。
たとえば、日本テレビの公式記事では、猫の見た目が原作とアニメで変わったことを紹介しています。このような説明があれば、変更された事実を確認できます。
ただし、そこから「この変更には必ずこういう意味がある」「監督はこう伝えたかった」と広げる場合は、本人の発言などが必要です。作品を見て感じたことは、解釈として楽しむ余地を残したいところです。
出典:日本テレビ『耳をすませば』制作裏話・原作と猫の描写について
「ここが違うんやな」と気づいたうえで、自分にはどう感じられたかを考える。そうすれば、原作も映画も、それぞれの表現としてじっくり受け取れるのではないでしょうか。
まとめ|『耳をすませば』の出発点は、柊あおいさんの漫画
『耳をすませば』の原作は、柊あおいさんが1989年に『りぼん』で連載した少女漫画です。
1995年のアニメ映画では、近藤喜文さんが監督を務め、宮﨑駿さんが製作プロデューサー・脚本・絵コンテを担当しました。映画化のきっかけは、宮﨑さんが『りぼん』で原作漫画を見つけたことだったと、日本テレビが紹介しています。
原作を読むなら、集英社文庫のコミック版も選択肢になります。こちらには『幸せな時間』や、映画制作に関わる人たちの対談なども収録されています。
漫画からアニメへ、そして実写へ。同じ原作を出発点にしながら、それぞれの作品で物語が形づくられてきたのが『耳をすませば』です。
映画の雫たちに心を引かれたなら、漫画ではどんな出会いが待っているのか。原作を開くことは、知っている物語の始まりを、もう一度たどる時間になりそうです。

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