『魔女の宅急便』ニシンのパイを孫娘が嫌がった理由は?態度とキキの気持ちを考察

『魔女の宅急便』で、キキが雨の中を届けたニシンのパイ。それを受け取った孫娘のそっけない態度には、キキの頑張りを知っているほど、やるせなさを感じるのではないでしょうか。

孫娘がパイを嫌がった理由は、そのパイが好きではなく、いらないと伝えていたのに、また届いたからです。ただし、料理が苦手なことと、配達に来たキキへの接し方は、分けて考える必要があります。

ニシンのパイの場面には、おばあちゃんの善意、孫娘の好み、届けるキキの努力が、同じ方向へ向かわない難しさが描かれています。

気持ちを込めたものなら、相手も喜んでくれる。そうなってほしいところですが、現実には、贈る側と受け取る側の思いがすれ違うこともあります。この場面が苦く感じられるのは、誰かの頑張りだけでは、そのすれ違いを埋められないからかもしれません。

この記事では、1989年公開のアニメ映画版を対象に、ニシンのパイを届ける場面、孫娘の言動、キキが傷つく理由を整理します。宮﨑駿監督の発言として紹介されている情報と、場面からの考察を分けて読み解きます。

※ここから『魔女の宅急便』の物語の展開をネタバレします。

ニシンのパイの場面とは?キキは料理の準備から手伝っていた

キキは、老婦人から孫娘のパーティーへ料理を届ける仕事を依頼されます。そこで用意されているのが、ニシンとカボチャのパイです。

日本テレビの公式記事でも、この料理は「ニシンとカボチャのつつみ焼き」として紹介されています。魚の形の飾りが載った見た目も特徴的ですが、物語では、料理そのもの以上に、それを贈る気持ちと受け取る反応が大切になります。

出典:日本テレビ・金曜ロードシネマクラブ『魔女の宅急便』トリビア第2弾

老婦人の家では、電気のオーブンが使えず、予定どおりにパイを焼けない状況になっています。キキは、そこで配達だけを待つのではなく、薪を使うオーブンで焼くための手伝いをします。

この時点で、キキの仕事は、できあがった荷物を受け取って運ぶだけのものではなくなっています。老婦人やバーサと一緒に準備を進めることで、料理を届けたい気持ちにも触れているんですね。

その後、キキはパイを持って出発しますが、途中で雨に降られます。それでも届け先へ向かい、孫娘のもとまで運びます。

観客は、パイが玄関に届くまでの手間を知っています。しかし、孫娘は、その過程を見ていません。この情報の違いが、受け取りの場面を考えるうえで大きなポイントです。

孫娘はなぜニシンのパイを嫌がった?料理の好みと断っていた気持ち

孫娘の言動から分かるのは、パイが好きではないことと、不要だと伝えていたということです。嫌がった理由を考えるなら、まず、この二つを押さえる必要があります。

おばあちゃんが孫を思って用意した料理でも、孫の好みに合うとは限りません。また、以前に断っていたのなら、孫娘にとっては、自分の希望が伝わっていないように感じられる状況でもあります。

だから、孫娘の反応を「おばあちゃんの愛情が分からない子」とだけ説明すると、受け取る側の事情が抜け落ちてしまいます。

ただし、映画は、二人がそれまでどのようなやり取りをしていたかを詳しく描いていません。何回断ったのか、どのように伝えたのか、おばあちゃんがどう受け止めていたのかまでは分からないため、そこを想像で補うことはできません。

宮﨑駿監督は、孫娘の言い方をどう捉えていた?

日本テレビの公式記事では、宮﨑駿監督が、孫娘のしゃべり方を気に入っているという発言を紹介しています。

その内容を要約すると、孫娘は本当にパイを欲しがっておらず、不要だと言ったのに料理が届くことへの反応には、嘘がないという見方です。さらに、キキにとっては傷つく出来事でも、世の中には受け止めていかなければならないことがある、と語っています。

これは、孫娘を単純な悪役として見ることに、別の角度を与える発言です。一方で、この発言だけから、孫娘の振る舞いがすべて望ましいと監督が評価した、と広げて解釈する必要もありません。

確認元:日本テレビ公式記事「⑤このパイきらいなのよね」

好きではない食べ物を、好きだと思い込むことはできない。その正直さは分かります。でも、届けてくれた相手への言い方には、もう少し気遣いがあってもよかったんちゃうかな。そう考えると、この場面は、好みの問題と接し方の問題を分けて見られます。

孫娘の態度は冷たい?嫌いと言うことと、相手への配慮は別

料理を嫌いだと感じること自体は、孫娘の自由です。贈り物だからといって、必ず喜ばなければならないとすると、受け取る側は自分の本音を言えなくなります。

一方で、キキは料理を送ると決めた本人ではありません。依頼された荷物を届けた配達人です。孫娘の不満が料理やおばあちゃんとのやり取りに向いていたとしても、そのそっけなさに接するのはキキになります。

ここに、この場面のしんどさがあります。不満の原因をつくったわけではない人が、目の前にいるために、その反応を受け止めることになる。仕事を通じた人間関係の難しさとしても読める場面です。

ただ、孫娘が、キキの苦労を知ったうえで意図的に傷つけたとは描かれていません。キキが薪のオーブンで焼くのを手伝ったことも、どのような思いで雨の中を運んだのかも、孫娘には見えていないのです。

見えていないから傷つけてもよい、という話ではありません。それでも、相手をわざと傷つける悪意と、自分の不満に気を取られて相手の事情まで考えない態度では、人物の受け取り方が変わります。

孫娘の一場面だけで、人格のすべてを決めることはできません。しかし、この玄関先のやり取りで、キキへの配慮が乏しく見えることも否定する必要はないでしょう。

孫娘の事情を理解することと、キキが傷ついたことを軽く扱うことは別です。両方の気持ちを見ようとすると、この場面の苦さがよりはっきりしてきます。キキはなぜ傷ついた?パイと一緒に気持ちも届けようとしていた

キキにとって、ニシンのパイは、ただ運ぶだけの荷物ではありませんでした。老婦人の家で調理を手伝い、孫娘へ届けたいという思いに触れたことで、配達にも気持ちが入っていたと考えられます。

だから、孫娘の反応は、料理の好き嫌いを聞いただけでは済まなかったのでしょう。キキが一緒に準備した時間も、老婦人の楽しそうな様子も、受け取り手には届いていない。その落差が、玄関先の短いやり取りに表れています。

映画は、このときのキキの心の中を言葉ですべて説明していません。ただ、孫娘の言動を前にした表情や、その後の落ち込んだ様子から、期待していた反応との違いに傷ついたことが読み取れます。

せっかく届けたのに、という気持ちだけではなく、おばあちゃんがあんなに大事に用意していたのに、という気持ちもあったのかもしれません。

キキは荷物を無事に届けました。それでも、受け取った相手が喜ぶところまでは、自分の力で決められなかったのです。

頑張ったことと、望んだ反応が返ってくることは別。その違いを、キキは仕事の中で経験したと考えられます。

配達は成功しているのに、気持ちは報われない

仕事として見れば、キキは依頼されたパイを届けています。孫娘が料理を嫌いだったからといって、配達そのものに失敗したわけではありません。

けれど、本人の気持ちには、仕事を終えたという達成感だけが残るわけではない。相手のそっけない態度によって、自分の頑張りまで否定されたように感じることもあるでしょう。

ここは、頭で分かっていてもしんどいところなんよな。自分の仕事と相手の機嫌は別だと整理できても、目の前で冷たくされれば、気持ちは動いてしまいます。

キキは13歳で、新しい街で働き始めたばかりです。相手の反応と自分の仕事を、いつでも冷静に切り分けられると考えるほうが無理があるのかもしれません。

おばあちゃんの善意は、なぜ孫娘に届かなかった?

老婦人が料理を用意する場面には、孫娘のために何かしてあげたいという気持ちが感じられます。ところが、孫娘が求めているものとは一致していませんでした。

ここから読み取れるのは、贈る側が大切にしているものと、受け取る側が欲しいものは、同じとは限らないということです。

手間をかけた料理だからこそ、贈る側には特別な意味がある。でも、受け取る側にとっては、好きではない料理がまた届いた、という出来事になる場合もあります。

映画だけでは、老婦人が孫娘の好みをどこまで理解していたのかは分かりません。そのため、わざと嫌がらせをした、孫の話を一切聞かない人だった、と断定することはできません。

反対に、孫娘が老婦人そのものを嫌っているとも断定できません。料理を嫌がることと、その料理を作った人への感情は、必ずしも同じではないからです。

この場面で確かに見えているのは、料理を届けたい側と、受け取りたくない側のすれ違いです。家族関係のすべてを、このパイ一つから決めつける必要はないでしょう。

気持ちを受け取ることと、好みを偽ることは違う

もし孫娘が喜んだふりをしたら、その場は穏やかに終わったかもしれません。しかし、好きだと受け取られれば、同じ料理がまた届く可能性もあります。

だから、自分の好みを伝えることには意味があります。その一方で、断る気持ちを誰に、どのように伝えるかという問題は残ります。

キキに不満を向けても、老婦人とのすれ違いが解決するわけではありません。好みを正直に伝えることと、届けてくれた人への配慮は、両立できるはずです。

苦手なものを無理に好きになる必要はない。でも、相手がしてくれたことまで雑に扱わなくてもいい。この場面を見て考えたくなるのは、そんな距離の取り方ではないでしょうか。

ニシンのパイはまずかった?映画から分かることには限りがある

孫娘の態度から、パイそのものがまずかったのではないか、と考えることもあるでしょう。しかし、映画では、孫娘がその場で食べて味を評価する場面はありません。

分かるのは、孫娘がそのパイを好きではないということです。料理として失敗していた、誰が食べてもおいしくない、とまでは判断できません。

魚が苦手だったのか、味付けが好みではなかったのか、パーティーに合わないと感じたのか。具体的に何が嫌だったのかも、詳しく説明されていません。

ニシンを使った料理だからといって、発酵したニシンの缶詰と同じにおいだったと推測する根拠もありません。材料の名前が同じでも、調理法が違えば別の料理です。

味の良し悪しを決めるより、好きではないものを善意で贈られたとき、どう受け止めるか。その関係の問題に注目するほうが、この場面の意味を捉えやすくなります。

後のケーキの場面が、キキの仕事に別の意味を与える

物語の後半では、老婦人がキキへの感謝を込めてケーキを用意します。パイを届けたときには思いどおりの反応が得られませんでしたが、キキの働きを大切に受け止めていた人もいたのです。

このケーキによって、孫娘との出来事が取り消されるわけではありません。孫娘がパイを好きになったり、キキに謝ったりする場面として描かれているわけでもありません。

それでも、キキの仕事に関わった全員が、同じ反応をするわけではなかった。届け先で傷ついた一方、依頼主との間には温かな関係が育っていたことが分かります。

一人の冷たい反応だけでは、キキの仕事の価値は決まりません。老婦人のケーキは、そのことを別の形で示しているように見えます。

仕事の報酬とは別に、自分がしたことを覚えていてもらえる。キキにとっては、街の中で自分を気にかけてくれる人がいると感じられる出来事だったのではないでしょうか。

まとめ|ニシンのパイの場面は、善意と本音のすれ違いを描く

『魔女の宅急便』の孫娘がニシンのパイを嫌がったのは、料理が好きではなく、不要だと伝えていたのに届いたからです。その事情を考えることと、キキへのそっけない態度をどう受け取るかは、分けて考えられます。

老婦人は料理を贈りたい。孫娘は受け取りたくない。キキは無事に届けたい。それぞれの気持ちが一致しないため、誰かが頑張るだけでは、気持ちよく終わらない場面になっています。

ニシンのパイの場面が心に残るのは、善意が必ず喜ばれるとは限らず、仕事を果たしても気持ちまで報われるとは限らない現実を、短いやり取りで描いているからだと考えられます。

それでも、相手の本音を尊重しながら、届けてくれた人を大切にする伝え方はなかったのか。キキの表情は、そんな問いも残します。

コメント

タイトルとURLをコピーしました